31歳デビュー、離婚、2児のシングルファザー…遅咲き60歳シンガー・坂本つとむが掴んだ新境地

ロックンロール一筋だった遅咲きのシンガーが、離婚、シングルファザー、コロナ禍を経て、新境地を開いた。坂本つとむ(60)。31歳でメジャーデビューし、30周年の今年1月18日にアルバム『人生上等!』をリリースした。3月上旬、収録曲『人生上等!~O世代の身上書~』の歌唱動画をTikTokで公開したところ、累計1000万回再生を突破した。O(オー)世代とは、オヤジ、オジサン世代を表す造語。歌詞にも「Aちゃんにあこがれ 今Gちゃん」など、ユニークな文言が散りばめられている。

インタビューに答えた坂本つとむ【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに答えた坂本つとむ【写真:ENCOUNT編集部】

TikTokで話題の坂本つとむ

 ロックンロール一筋だった遅咲きのシンガーが、離婚、シングルファザー、コロナ禍を経て、新境地を開いた。坂本つとむ(60)。31歳でメジャーデビューし、30周年の今年1月18日にアルバム『人生上等!』をリリースした。3月上旬、収録曲『人生上等!~O世代の身上書~』の歌唱動画をTikTokで公開したところ、累計1000万回再生を突破した。O(オー)世代とは、オヤジ、オジサン世代を表す造語。歌詞にも「Aちゃんにあこがれ 今Gちゃん」など、ユニークな文言が散りばめられている。(取材・文=笹森文彦)

 同曲は坂本の自伝的な内容になっている。16歳で矢沢永吉の著書『成りあがり』(1978年)と出会い、ロックンロールにのめり込み、60歳となったことを「Aちゃんにあこがれ、今Gちゃん」と表現している。

 そして、「俺たちオヤジ O!O世代」と歌い上げる。オヤジ、オジサンを意味するO世代。インターネットが利用可能な時代に生まれ育った現代の若者「Z世代」に対抗し、坂本らが考えた造語だ。

「歌詞は、僕のファンを含め一般から募集しました。そこから作詞家の方やレコード会社のスタッフと一緒に選びました。僕の60年が詰まった集大成の歌です。O世代は新語流行語大賞を狙っています(笑)」

 この歌唱動画を3月3日からさまざまなバージョンで、TikTokに公開。約3か月で累計1000万回再生を突破した。海外向けの字幕バージョンも再生回数を伸ばしている。国内外が還暦ロックンローラーに興味津々であることが、数字に現れている。だが、ここまでの道のりは、決して順風ではなかった。

 小学生の時、親戚の弾くギターに魅せられた。ビートルズだった。ロックンロールに目覚めた。そして、中学で矢沢永吉、ジョニー大倉らの伝説的バンド、キャロルに出会い、「日本にもこんなすごいバンドがあるんだ」と衝撃を受けた。バンドを組んでオリジナル曲も作った。

 坂本は高校を卒業して、すぐにでも上京して歌手の道に進みたかった。だが、両親の気持ちもあり、調理師学校に入学して、地元・名古屋で音楽を続けた。半年ぐらいした時、ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)の愛知県大会に出場し、優秀歌唱賞などを受賞した。

 坂本「その時に関係者と知り合いになって、千葉のライブハウスを紹介された。上京しなきゃダメだと思っていましたので、(1年制の調理師学校を)卒業してすぐに20歳で上京したんです」

 千葉のライブハウスは、60年代前後の曲を披露するオールディーズの店だった。21歳の時に芸能事務所からスカウトされた。ライブの他に、ものまね番組出演やCMなど、いわゆる芸能界で仕事をするようになった。そうした積み重ねの結果、31歳の94年に、当時の大手レコード会社ファンハウスから、メジャーデビューを果たした。

「ライブハウスは(観客を)自分で集めるのが常でしたが、メジャーデビューして拠点が都内近郊から日本全国になった。知らない地域で、自分のことを知っている人がいる。すごく感動的でした」

 ロックンロールのシンガーとして、ユニットを組んで全力で活動したこともある。しかし、結果は出なかった。約10年の月日が流れたある日に妻と離婚。小学校4年と同3年の2児を抱えるシングルファザーとなった。

「(妻は)出て行きました。多分、寂しかったんでしょうね。僕は夜、(ライブハウスで歌ったり)いつもいないので。夜……にいないというのは、辛かったのかもしれませんね」

 音楽が「生きていくための手段」に変わった。子どもたちを育てるために、年間400本のライブをこなし、懸命に働いた。朝、弁当をつくり、昼に掃除、洗濯、夕飯の準備をして、夜中にライブハウスで歌う。その繰り返しの日々だった。

「ご飯を食べさせるために稼がなければならない。オリジナル曲の手売りだけじゃ厳しいじゃないですか。それで、『ダイアナ』とか『ルイジアナ・ママ』とか、そういうオールディーズを歌っていたところに、『また戻った』という感じでした。でも、絶対負けたくなかった」

 そんな生活でも、20歳で上京した時の気持ちは保っていた。「自分の歌で勝負する」「ブレちゃいけない」と思い続けた。生活に追われても、2か月に1度、3か月に1度と、オリジナル曲のライブは開催した。

55歳のときに大きな転機となる出会いがあったという
55歳のときに大きな転機となる出会いがあったという

SNSで知った物語「鷹の選択」で転機「背中を強く押された感じで」

 子どもも成長し、メジャーな世界で再始動を模索していた18年前後に、偶然、SNSで「鷹(タカ)の選択」という話を知った。大きな転機となる出会いだった。55歳になる年だった。

 鷹は元気だと70年は生きるという。しかし、40年を過ぎると、爪は弱くなり、くちばしは曲がり、羽も重くなり、飛べなくなってくる。獲物を捕獲できなくなる。このまま死ぬのを待つか、新しい自分に生まれ変わる旅に出るか。鷹は2つの選択に迫られる。鷹は苦難が伴う後者を選んだ。くちばしを岩にたたきつけ壊した。しばらくして、くちばしは再生。新しいくちばしで、爪を1つずつはぎ取ると、爪も生え替わった。次にくちばしと爪で、古い羽を抜き取った。こうして長い月日を経て、鷹は新しい姿に生まれ変わった。かつてのように悠々と高く飛び、爪でがっちりと獲物をつかみ、残りの30年を生き抜いた。これが、「鷹の選択」だ。

「本当に僕の中で、転機につながった物語です。衝撃でした。いても立ってもいられなくなって。『よしっ!』みたいな。背中を強く押された感じでした」

 子どもたちに「生活のためではなく、あらためて自分の音楽をしたい」と相談した。「頑張って」の声が一層、背中を押した。

「僕にはロックンロールしかなかったけど、路線を変えようと決めました。ロックンロールにこだわらず、誰にでも受け入れてもらえるような音楽に挑戦しようと決めました。新しい自分になる。それが55歳、僕の選択でした」

 坂本は自身でも作詞、作曲をするが、関係者を通じて「坂本つとむにお力を貸してほしい」と、プロの作家に楽曲提供をお願いした。作詞では松井五郎氏や及川眠子氏、作曲では三井誠氏、都志見隆氏らが応じてくれた。

「いざ新境地へ」と意気込んだが、世はコロナ禍に入った。かつて年間400本をこなしたライブはストップした。

「寝ても覚めてもライブをずっとやって来てましたので、(曲づくりなどの)時間を手にできた時期でもありました。この時期があったから、アルバムにつながったと思います」

 ライブ活動は自粛したが、新曲の配信は続けた。その1曲の『LOSTプロポーズ』(21年5月配信)が、有線のお問い合わせランキングで1位になった。『あの時、好きと言えていたら…』という後悔を切なく歌うバラードである。反響を受けて、同年11月にテイチクエンタテインメントからCD化された。

「この曲をきっかけに、歌詞を大事に歌おうという気持ちが芽生えました。(新しい自分になるという選択は)間違っていなかったんだ、と確信させてくれた1曲です」

 今年1月には、還暦記念アルバム『人生上等!』をリリース。55歳からの新曲をまとめたもので、『人生上等!~O世代の身上書~』は、ボーナストラックとして収録された。還暦シンガーは新たな歩みを始めた。

「同世代には、『一緒に頑張ろうぜ』『一緒に踊ろうぜ』と言いたいです。『踊ろう』はダンスだけじゃなくて、人生をです。若い人には60になってもこんな元気なオヤジもいるんだ、と感じてもらえれば。60歳からのテーマは『挑戦』です。やっぱり、日本武道館で(ライブを)やりたいですね」

 65歳、70歳……この先、坂本にはどんな転機が待っているだろうか。本人もそれを楽しみにしている。

□坂本つとむ 本名・坂本勤。1963年(昭38)1月24日、名古屋市生まれ。94年に『ためらい…』でメジャーデビュー。特技は料理で、調理師免許を持つ。剣道初段。最近の趣味はガーデニング。本格的でレモン、トマト、ピーマン、キュウリなどを栽培する。リーゼントバリバリのロックンローラーはツッパリ的なイメージがあるが、周囲は「フワッとした天然オジサン」。178センチ、70キロ。血液型A。

◆アルバム「人生上等 ! 」の収録曲
1「しゃれにならねえ」(作詞・及川眠子、作曲・都志見隆、編曲・都志見隆、Ryumei Odagi)
2「夏色の恋」(作詞shizuma、作曲編曲Ryumei Odagi)
3「LOSTプロポーズ~Acoustic Version~」(作詞・渡辺なつみ、作曲編曲・森正明)
4「夜の果てに吹く風よ」(作詞・森浩美、作曲・坂本つとむ、編曲・森拓人)=Vシネマ「織田同志会 織田征仁」主題歌
5「BITTER SWEETS~苦い果実」(作詞・和田将志、作曲・坂本つとむ、編曲・片岡英昭)=映画「コネクション」主題歌
6「冬恋歌」(作詞shizuma、作曲・坂本つとむ、編曲Ryumei Odagi)
7「波風を纏いながら」(作詞・及川眠子、作曲編曲Ryumei Odagi)
8「夜景」(作詞・松井五郎、作曲・坂本つとむ、編曲Ryumei Odagi)
9「旅の空から」(作詞・河口京吾、作曲・平井夏美、編曲・山川惠津子)=BS日テレ「三宅裕司のふるさと探訪」エンディングテーマ
10「それが答えになればいい」(作詞・松井五郎、作曲・三井誠、編曲・三井誠、Ryumei Odagi)
11「Oh!Lady」(作詞作曲編曲・坂本つとむ)=映画「サイレントナイト」主題歌

【ボーナストラック】
12「人生上等!~0世代の身上書~」(作詞・桑原永江、作曲編曲・宮原康平)

次のページへ (2/2) 【画像】坂本つとむのTikTokの様子
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