有名温泉旅館の給与革命 客室係の初任給28万超、若女将が明かすV字回復

新型コロナウイルスやロシアとウクライナの間で起きている戦争などの影響から、生活にかかる金額は日々増加している。関連して電気やガス料金など公共料金も高騰し、生活への負担は増す一方だ。止まらない物価高に賃金の上昇を求める声が高まっているが、その中で賃金上昇に成功した企業がある。1929年創業、今年94年目を迎える有馬温泉旅館、「株式会社 欽山」(神戸市)の若女将の小山暁子さんに、社で取り組んでいる試みや従業員への思いを聞いた。

有馬温泉 高級料亭旅館 欽山の外観【写真:株式会社 欽山提供】
有馬温泉 高級料亭旅館 欽山の外観【写真:株式会社 欽山提供】

客室係の初任給は28万3000円、約10~15%の賃上げに成功

 新型コロナウイルスやロシアとウクライナの間で起きている戦争などの影響から、生活にかかる金額は日々増加している。関連して電気やガス料金など公共料金も高騰し、生活への負担は増す一方だ。止まらない物価高に賃金の上昇を求める声が高まっているが、その中で賃金上昇に成功した企業がある。1929年創業、今年94年目を迎える有馬温泉旅館、「株式会社 欽山」(神戸市)の若女将の小山暁子さんに、社で取り組んでいる試みや従業員への思いを聞いた。(取材・文=関臨)

 今年2月の帝国データバンクの発表によると、「旅館・ホテル」を運営する企業の半分以上が正社員の数が足りていないと回答している。小山さんも人材の確保が旅館業において大きな課題であると語る。「とにかく大変、というイメージを持たれているのが大きいと思います。確かに客室係はお客さまの都合に依存する部分が多く、料理を部屋に一品ずつお持ちするなど肉体的に大変な部分もあります。若い人の力で旅館業を盛り立ててもらいたいという思いがありますので、まずは働く環境を良くして、若い人に入ってもらい、人材を確保するということが必要です」と苦労を口にする。

 企業側は人材確保に向けて動き出している。その一環が賃金の上昇だ。日本政策金融公庫(日本公庫)が昨年12月に行った調査によると、ホテル・旅館などの「生活衛生関係営業」の約45.5%が賃金水準が「上昇」したと回答している。「他の旅館さんでもそういう話は聞きます。実際に賃上げをしているところもあります。どこの旅館においても人材確保に必死だと思います」と業界全体で動きを見せていることを明かした。

 給与の上昇ができた理由はどこにあるのか。小山さんは「従業員の離職率を下げたい、という思いにつきます。また、従業員の働く満足度も上げたい、という希望もあります。さまざまな面から働きやすい環境を整えることで従業員の定着率が上昇していくように努めています」と企業側から行っているアプローチを説明する。

「株式会社 欽山」では客室係の初任給を28万3000円に設定、賃金は勤続年数に応じて上昇していく。見習い期間は22万円からスタートし、1人で宿泊客2組5名を担当する“一人前”で28万3000円に到達。2年目には30万円に昇給する。部署にもよるが、最終賃金としては従来の給与と比較すると約10~15%ほど上昇したという。「個人差はありますが、大体半年で“一人前”になります。客室係のトップともなると、40万円を超えてくるようになります」と給与体系について説明する。

 人材を確保していくために行っていることは賃金上昇だけではない。去年の10月から週に2日間の全館休館日を導入した。「客室係においては、年間休日を120日に設定し、週に2日の全館休館日を設けることで、完全週休2日制を確保しています。さらに長期休暇として、4日間や6日間の連続休館日も要所ごとに設けています」。今年2月に完成した大規模リニューアルでは、40室あった客室を31室に減らした一方で、ウィズコロナの時代にも安心して滞在できる「新基準客室」を13室オープン。繁閑の幅が縮小され営業日の客室稼働率及び客単価が飛躍的に向上したと話した。

「売り上げ的には90%台まで回復しており、決算内容もV字回復しています。また、営業日にはフルスタッフの体制でお客さまをお迎えでき、顧客満足度の向上にもつながっています。働き方改革を我々の業界に導入するには、時代のニーズに沿った設備投資と従業員満足度の向上が必要であり、それを実現させるにはある程度の休館日を導入するしかないと思います」と決断の背景を語る。

 ここまで人員の確保に取り組む理由は実際に苦い経験をしたからだ。新型コロナウイルスが流行する直前、東京五輪の開催が予定通り見込まれていたころは海外からの多くの客が来日することを想定し、ホテルや旅館の建設が乱立。そのため人材の確保ができず、稼働率が非常に高い状況になり、客室係をはじめ従業員は疲労困憊(こんぱい)の状況になってしまったという。「そのときは定期的な休館日が決まっていなかったため、シフト制での勤務により連続休暇が取りづらく、長期間勤務を行うこともあり、辞めていく人も多くいました」と当時の苦労を明かした。

 取り巻く状況は厳しい。新卒で採用した人材は、以前だと3~4年勤務してやめるケースがあったが、現在では1年たつかたたないかで辞めていく人が多くなったと語る。コロナ禍で航空関係の採用が激減した背景もあり、一昨年までは入社を希望する学生を毎年大量に15~6人程度採用していた。しかし、コロナ禍が落ち着いてきたことで、航空関係の採用が再開。当時採用した、もともとは航空関係を希望して入社した社員の中では、現在残っているのはわずか2人だけになってしまったという。「航空関係で転職先を探す際、旅館で働いていたと話すと非常に評価が高いようで、『経験が生きました』と言われるなど、苦い経験をしたこともあります」。

 それでも今年は8人が入社。取り組みは着実に実を結んでいる。「接客係が5名、料亭が1名、調理が2名入社しました。人材採用の会社からは多いと驚かれることがよくあります」と笑顔を見せた。これまででは考えられなかった、働き手のための新しい改革を進めている。ひいては旅館業の盛り上げのために老舗旅館の取り組みは続いていく。

□株式会社 欽山 欽山は有馬温泉の地で1929年に法人接待向けの料理旅館として創業。以降約100年にわたり、きめ細やかなおもてなしと旬の素材を活かした懐石料理、そして名湯有馬の温泉で、お客さまに愛され続けている。94年には全館スクラップ&ビルドにて現在の欽山の基礎となる大規模投資を実施。2023年にはウィズコロナ時代にも安心してご滞在いただける新基準客室全13室を整備する大規模リニューアルが完了。お客さまに愛され続ける時代のニーズに沿った革新を今後も続けていく。

公式サイト:https://www.kinzan.co.jp/

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