坂本龍一さんと語り合ったブラジル音楽 作曲家・伊藤ゴローが見た「時に優しく、時に厳しい」教授の素顔

音楽家の坂本龍一さん(享年71)が亡くなったことを受け、坂本さんを「師」と仰ぐ作曲家でプロデューサーの伊藤ゴローさんが坂本さんとの思い出をENCOUNTに語った。

恩師・坂本龍一さん(左)の隣で笑顔を見せる伊藤ゴローさん【写真提供:伊藤ゴロー】
恩師・坂本龍一さん(左)の隣で笑顔を見せる伊藤ゴローさん【写真提供:伊藤ゴロー】

「音楽のための音楽」を最後まで作り続けた人

 音楽家の坂本龍一さん(享年71)が亡くなったことを受け、坂本さんを「師」と仰ぐ作曲家でプロデューサーの伊藤ゴローさんが坂本さんとの思い出をENCOUNTに語った。(取材・構成=福嶋剛)

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 僕が教授(=坂本龍一さん)の音楽と初めてちゃんと向き合った作品は、ソロアルバム『音楽図鑑』(1984年)でした。教授がレギュラー出演していたNHK-FM『サウンドストリート』(1978~87年)を楽しみに聴いていた頃です。実際に教授とのやりとりが始まったのは、教授が新しいレーベルcommmons(コモンズ)を始める数年前。『ペンギンカフェオーケストラ トリビュート』からでしたが、初めてお会いしたのはその後で、教授が主催した『ロハス・クラシック・コンサート2007』に出演した時でした。それがきっかけで、僕の音楽ユニットnaomi & goroのアルバム『Bossa Nova Songbook 1』『Bossa Nova Songbook 2』『passagem』でピアノを弾いていただきました。

『Bossa Nova Songbook 1』のレコーディングは、とても緊張して、僕も教授の周りのスタッフもみんなピンと張り詰めた空気の中でスタジオ(音響ハウス)入りしたのを覚えています。教授は僕たちよりも先にスタジオにいらしていて、「今ちょうど蕎麦を食べ終わったところ」とおっしゃいました。アルバムでは3曲を弾いていただいたのですが、録音した音を聴いたあと、インスピレーションで、「こんな感じはどうかな?」と言いながら、丁寧にいくつものフレーズを弾いてくださいました。それらの音はどれも素晴らしくて、今でもあの場所で過ごした楽しい時間は忘れられません。

 それからも教授とはさまざまな交流があり、ブラジルの著名なチェロ奏者のジャキス・モレレンバウムを紹介していただき、レコーディングやライブで一緒に演奏するきっかけを作ってくださいました。

 ブラジル音楽についてもよく話をしました。ブラジルの音楽家・ジョアン・ジルベルトが歌っていた曲をカバーしたとき、ジョアンの作曲法についての話になりました。ジョアンは、すごく独特な音楽スタイルで、特にギターのハーモニーには、独自の響きやコード感があるのですが、教授は彼のスタイルについて、「すごく面白い。彫刻がどんどん削られフォルムが失われていき僕たちが見たことのないようなシンプルな形になっていくような音楽だ」と評されていました。

 作曲についてもジョビン、クラウス・オガーマン、アルバン・ベルク、ベートーベンなど、いろいろな話をしました。いいと思うところや、時には「自分はここが納得がいかない」と僕が反抗的な意見を持っていたとしても、優しく、時には厳しく、音楽の仕組みをとても丁寧に教えてくださいました。反対に教授ご自身の音楽に対しては大変厳しい理論家で、とても正直な人でした。

 僕はコロナ禍の2021年に『BOSSA NOVA EXPERIMENT』という映像作品を完成させました。ジョアンやアントニオ・カルロス・ジョビンの作品などをオーケストラの演奏でカバーしたのですが、映像公開後、すぐに療養中の教授に「こんなものを作りました」と動画のリンクを添えて報告しました。すると、教授はすごく喜んでくださり、特に僕が書いた『Amorozsofia』という曲を褒めてくださいました。教授とは最近まで音楽談義を中心にやりとりをしていましたが、『Amorozsofia』について「ちょっとハーモニー的に近いかな、これ。色彩感はゴローくんの曲が全然豊かだけど」というメッセージともに、ご自身の作品のリンクを送ってくださったのが最後になりました。

 教授の最後のアルバムとなった『12』(23年)は、最期を予感した作品だったと思います。ここ何年かずっとご病気を抱えながらの音楽制作だったにも関わらず、チャレンジ精神や探求心、アレンジ力が全く衰えていない、というか進化していることに驚かされました。そして、「音楽のための音楽」を最後まで作り続けた方だと確信しました。初期の作品から晩年の作品まで一貫した作曲法で、強固な意思や偏愛的とも言える音楽嗜好(しこう)があり、厳格で常套(じょうとう)なものへの反抗心もあったと思います。常に新しい音楽を真摯に探求し続ける姿勢は僕の理想であり、それを体現された方でした。僕にとっては本当の意味での「教授」であり、「恩師」です。教授と音楽を通じて共感し合うことができた喜びは、僕の人生においてかけがえのない、一生の宝物です。

□伊藤ゴロー 青森市出身。作曲家、ボサノヴァ・ギタリスト、音楽プロデューサー。ボサノヴァ、クラシック、ロックなど、幅広く奥深い背景を持つ音楽性は、坂本龍一や細野晴臣ら日本の重鎮たちのみならず、ブラジル音楽界の巨匠ジャキス・モレレンバウムら海外アーティストも高く評価。「コードの魔術師」とも呼ばれていれる。原田知世のプロデューサーとしても知られ、映画音楽も手掛けている。

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