日本の多様性は「ファッション感覚」 女子専用なくした渋谷のトイレを犯罪学者が痛烈批判

東京・渋谷区に新たに設置された女性専用トイレがない公共トイレがネット上で拡散、物議を呼んでいる。先月26日には埼玉県富士見市議会の加賀ななえ議員が、女性自認の身体男性(=トランス女性)のトイレや入浴施設などの利用をめぐり「女性の生存権や恐怖を軽視した形で議論が進められている」としてネット上で訴えを行った。性犯罪の温床ともなり得る女性用トイレの問題だが、どんな解決策が望ましいのか。犯罪機会論の観点から「日本の公共トイレは世界一危ない」と主張する立正大の小宮信夫教授に話を聞いた。

女性専用トイレがないとして炎上した渋谷区立幡ヶ谷公衆便所【写真:ENCOUNT編集部】
女性専用トイレがないとして炎上した渋谷区立幡ヶ谷公衆便所【写真:ENCOUNT編集部】

女性専用トイレがない公共トイレが炎上、トランス女性のトイレ利用めぐる市議発言も話題に

 東京・渋谷区に新たに設置された女性専用トイレがない公共トイレがネット上で拡散、物議を呼んでいる。先月26日には埼玉県富士見市議会の加賀ななえ議員が、女性自認の身体男性(=トランス女性)のトイレや入浴施設などの利用をめぐり「女性の生存権や恐怖を軽視した形で議論が進められている」としてネット上で訴えを行った。性犯罪の温床ともなり得る女性用トイレの問題だが、どんな解決策が望ましいのか。犯罪機会論の観点から「日本の公共トイレは世界一危ない」と主張する立正大の小宮信夫教授に話を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 今回問題となったトイレ「渋谷区立幡ヶ谷公衆便所」は、渋谷区と日本財団が協働で進めているプロジェクト「THE TOKYO TOILET」により整備された渋谷区内17か所の公共トイレのうちのひとつ。「THE TOKYO TOILET」は「新しい公共トイレのあり方を通して、ダイバーシティを受け入れる社会の推進を図ることを目的」としており、女性専用トイレがない理由について、日本財団は「ユニバーサルトイレ(性別、年齢、障害の有無を問わず利用できるトイレ)を必ず設置するようにしています。幡ヶ谷公衆トイレ単体については今後、改修後の反響や利用実態の調査を行う予定です」としている。

 トイレを悪用した犯罪では、2011年、熊本市内のスーパーで当時20歳の男が3歳の女児を多目的トイレに連れ込み、わいせつ行為を行った後に殺害、遺棄するという痛ましい事件も発生している。性的暴行の被害や盗撮被害も頻発しており、満員電車などと並び、身近に性犯罪が発生しやすい環境といえる。

「THE TOKYO TOILET」のトイレの設計に対し「欧米では考えられない事例」と語るのが、犯罪機会論を専門とする小宮教授だ。犯罪機会論とは、「犯罪の機会を与えないことで、犯罪を未然に防ぐ」という考え方のこと。現在日本で主流の、犯罪者の心理や動機を分析することで犯罪を防ぐ犯罪原因論とは対極に位置する考え方で、犯罪原因論が犯罪件数の減少に機能しなかったことを受け、1980年代に欧米を中心に確立された。

「もともとは数千年以上前の城壁都市から取り入れられている都市設計の基本的な考え方です。トイレや満員電車のような、誰もが入りやすく、周りから見えにくい場所ほど犯罪が起こりやすく、逆に入りにくく、見えやすい場所ほど犯罪が起こりにくくなる。日本のトイレは男女の入り口の動線が共有だったり、すぐ隣り合っていたりするため、例えば女児の後ろを大人の男性がついていっても、女児からも周囲からも怪しまれない。男性用トイレと女性用トイレの入り口をなるべく離し、真逆の位置に設置するだけでも防犯上高い効果があります。

 もちろん、いかに犯罪の機会を奪ったとしても、中には実行に移す人間もいます。ただ、強引にやった以上はすぐに捕まる。捕まることが明白であれば、実行に移す人の割合を大きく減らすことができます。むしろ、日本のように機会だらけの環境では、どうせバレないと犯罪を助長することにもなりかねない。多くの人の目がある都会のど真ん中と、誰も見ていない山の中で100万円を拾ったとき、どちらが警察に届けるでしょうか。普段は常識的な人でも、バレなければ……とつい魔が差してしまうことは起こり得ます」

大事なのは、みんな一緒ではなく、ゾーニングのカテゴリを増やしていくこと

 犯罪機会論の考え方をもとに1998年にイギリスで制定された犯罪及び秩序違反法では、犯罪予防の一次責任は自治体にあると定めており、犯罪が起こった際に被害者が自治体に損害賠償を求められる制度となっている。支払い能力のない犯罪者が賠償責任を負うと被害者が泣き寝入りせざるを得ないケースもあるが、自治体であれば高額な賠償金を受け取ることができ、また自治体も専門家を招聘し本気で犯罪防止に取り組むようになるという。

 なぜ日本では犯罪機会論にのっとった制度設計が浸透しないのだろうか。教授は日本が島国で長く単一民族であったことが関係しているのではないかと分析する。

「周囲を海に囲まれていて、他国からの侵略の機会が少なかったので、日本は世界で唯一城壁都市が発達しなかった。よく言えば和を貴ぶ、悪く言えば同調圧力の文化のため、多目的トイレも『誰でもトイレ』、みんな一緒という考え方になるのでは。余談ですが、欧米の公園では子どもを守るためにフェンスで囲った子ども専用エリアで遊ばせておくんですが、日本人はこの“囲う”や“仕切る”といった行為に抵抗があるようで『自由がない』『鳥かごみたいでかわいそうだ』という考えをする。フェンスの語源はディフェンスで、本来は守るためのものなんですが、壁やフェンスを“障壁”と捉えるネガティブな考え方が根付いているように感じます」

 加賀市議の提言にもあるように、近年はトランス女性のトイレ利用も大きな問題となっている。LGBTへの配慮と防犯はどう両立していけばいいのだろうか。

「多様性の議論で大事なのは、みんな一緒ではなく、ゾーニング(=すみわけ)のカテゴリを増やしていくことです。スペースの問題はありますが、海外ではまず男性用トイレと女性用トイレ、次に男性障がい者用トイレと女性障がい者用トイレがあって、プラスワンでオールジェンダートイレがあります。健常者が男女別なのに障がい者用トイレが男女共用という時点で、見方によっては差別的ともいえる。まずは障がい者用トイレを男女で分け、その上で多様な性に配慮したトイレを設置する、それが正しい順序ではないでしょうか。

 今後、公衆トイレについて利用実態を調査するようですが、より大事なのは不正利用の実態を想像することです。一度でもトイレで性被害を受けた女性は、二度と男女共用トイレを使おうとは思いません。トラウマは一生残ってしまうし、被害体験を語ろうとはしないのです。

 多様性やダイバーシティをめぐる議論については、日本全体がもともとの背景を知らないままファッション感覚で進めているように感じます。ジェンダー(社会的性別)とセックス(身体的性別)は別物というのはジェンダー論の誕生時からある命題なのに、そこを混同してしまっている。トイレや入浴のような目に見える区別(=セックス)よりも、社会での不利益といった見えない差別(=ジェンダー)を問題にしていった方がいいと思うのですが……」

 多様性をめぐる議論の中で巻き起こるトイレ問題。車いす利用者やLGBT当事者など誰もが使いやすいトイレは理想だが、最もプライベートな空間だからこそしっかりとした区別が必要とされている。

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