顔面マヒを乗り越えた居場所 12歳まで隠していた性の違和感 元男性の著者が大切と語る「言葉の選び方」

新生活が始まり、出会いが増える春。印象を向上させる言葉の選び方を紹介した書籍『いつもの言葉があか抜ける オトナ女子のすてきな語彙力帳』(ダイヤモンド社)が注目されている。約16年の間に、企業や教育機関で相手を思いやったコミュニケーションの大切さを伝えてきた著者の吉井奈々さんは、元々男性。求められる自分を演じていた時期には顔面マヒを発症するなど、人間関係に悩んだこともあった。「私に安心感をもたらしてくれた」という人生を好転させた言葉とは。

インタビューに応じた吉井奈々さん【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた吉井奈々さん【写真:ENCOUNT編集部】

平成生まれのパートナーは安心感をくれた

 新生活が始まり、出会いが増える春。印象を向上させる言葉の選び方を紹介した書籍『いつもの言葉があか抜ける オトナ女子のすてきな語彙力帳』(ダイヤモンド社)が注目されている。約16年の間に、企業や教育機関で相手を思いやったコミュニケーションの大切さを伝えてきた著者の吉井奈々さんは、元々男性。求められる自分を演じていた時期には顔面マヒを発症するなど、人間関係に悩んだこともあった。「私に安心感をもたらしてくれた」という人生を好転させた言葉とは。(取材・文=西村綾乃)

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 全11章で構成された書籍は、初対面の人と打ち解けるためのあいさつや、離婚した友人にかける言葉など、さまざまな場面を想定。話題を広げるヒントになる“ひと言”をイラスト入りで紹介している。

 自宅から徒歩2分ほどのところに、図書館があったこともあり、幼稚園時代から本を読むことが大好きだった吉井さん。旺盛すぎる好奇心が特異だと指摘された小学時代は、逃げ込むように本の世界に浸っていた。

「小学校の4・5年生ぐらいから、周りの子から『会話が合わない』と言われるようになり、仲間外れにされていました。会話をしなければ『変な子』と言われることもないと、休み時間は図書室で過ごすようになりました。6年生の夏休みには、市民館で開かれていた漫画教室に参加し、家と学校以外の人間関係を持つことができました。(家と学校以外の)『第三の場所』では、オリジナル作品を描くようにもなって、中学からは同人誌を作っている漫画クラブにも顔を出していたので、周囲から明るい人間だと思われるようになりました」

 自分を押し殺したくはないけれど、誤解されないように演じた方が目立たずに生きられる。漫画やアニメ、ゲームなどのキャラクターに扮するコスプレが好きだった吉井さんは、登場人物のコスチュームに着替えるように、自分の心に別人の衣装をまとわせていたと語る。

 そんな吉井さんに転機が訪れたのは12歳のとき。バンドブームだった当時、東京・原宿で休日に展開されていた歩行者天国で、音楽やダンスなどで自分を表現する大人たちが楽しそうに見えた。新宿二丁目では、自分を「異国の人間」と思うほどに追い詰めていた胸の内を明かすことができた飲食店の“ママ”との出会いがあった。

「ゲイ(gay)っていう言葉の語源は、フランス語源の『陽気な』なのよと教えてもらって。一度きりの人生を楽しみたい。人生に手遅れだということはないんだと心が楽になりました。学校に行くときは、男子の制服を着ることがイヤだと思っていましたが、『学生のコスプレをしている』と考えれば苦じゃなくなった。親も安心してくれるし」

「いつでも本当の自分でいなくても良い」という発想の転換は、吉井さんの心を楽にさせた。今日は女王様、明日はゲームの主人公と考えれば、仕草や表情も変わる。周囲と折り合いを付けながら、自分の居場所を見つけつつあった吉井さんだが、夜の飲食店で仕事をしていたときに、あるつまづきがあったと振り返る。

「夜の仕事をしていたのは10代から28歳まで、午後2時から5時まではショーのレッスン。夜の8時から、翌日の深夜3時までお店に出る生活は、全エネルギーを仕事に注ぐ軍隊のような日々でした。お客さまから、『明るく元気な奈々さん』と思われていたのですが、いつからかそれを演じるようになった。心地よくいるために、演技をするならいいけれど、求められる自分でいなくてはいけないと考えるようになったことで、縛られてしまった。顔面マヒにもなって、『心が壊れる』と思い、強制終了しました」

 人生をリセットした吉井さんは「自分のペースで働こう」と決意。食べて行かれる分だけの収入があれば良いと、心身のバランスを最優先に考えるようになった。本来の笑顔を取り戻した吉井さんに、運命の出会いも訪れた。

「いまのパートナーは平成生まれ。音楽関係の仕事を持っていますが、専業主夫として家を守ってくれています。講師や執筆など、求められるとうれしくて、つい仕事を詰め込み過ぎそうになるのですが、オーバーワーク気味の私を見てあるとき、『頑張らなければ、求められない人間になると思うのは止めたら』と助言をしてくれました。期待にこたえ続けなくったって良いんだって。違う価値観を持っている人との暮らしは、私に安心感をもたらしてくれました」

「自分を変えたい」と模索した吉井さんは仕事や暮らす場所を変えるなどして、もがいてきた。溺れそうになったこともある吉井さんが最も効果があったと胸を張るのが「口にする言葉」だ。

「夜の仕事をしていたときに、ママから『響いた言葉はメモしておきなさい』と助言をいただき、歌詞や映画などで『良いな』と思う言葉をメモするようになりました。お客さんとの会話を弾ませるため、お客さんの青春時代に流行していた曲のオムニバスCDを借りて、曲の歌詞から当時の価値観を学んだこともありました」

 238ページに渡る書籍の冒頭には、「相手も自分も心地いいコミュニケーションを大切にしたい」と記されている。

「思いやりを持ち、職場や学校、上司や友だちなどシチュエーションに合った言葉を選ぶことが大切。本の中にある全てを参考にしようとせずに、パラパラとマンガを読む感覚で1日1ページずつでも良いからめくってみて、これは使えるかもと思うものから取り入れてほしい」

□吉井奈々(よしい・なな)神奈川県生まれ。一般社団法人JCMA代表理事、コミュニケーション講師。企業や教育機関でコミュニケーション講師として活躍。15年間にわたって約7万人に「心を大事にするコミュニケーション」を伝えている。出生時に割りあてられた性別は男性だったが、性別適合手術を受けて戸籍を女性に変更。その後、男性と結婚した。自身の生き方と経験から、さまざまな立場の人の気持ちを汲んだコミュニケーションを得意としている。

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