なぜ韓国ドラマは世界を席巻するのか 京都芸術大教授が分析「演技は世界最先端」

韓国ドラマが世界的な人気を集めている。2002年に韓国のKBSで放送された連続ドラマ『冬のソナタ』が大ヒットしアジアでの韓流ブームの始まりとなった。それから韓国ドラマは進化し続け、3年前にNetflixで配信された『梨泰院クラス』『愛の不時着』は大ブームを巻き起こした。最近でも『イカゲーム』『今、私たちの学校は…』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』などが世界を席巻している。そんな韓国ドラマのクオリティーを支えている大きな要因が俳優の演技力だ。韓国ドラマに初めて触れた視聴者は「演技が上手」と感じたことだろう。俳優たちの演技力の源泉はどこにあるのか。欧米や韓国など世界の俳優育成メソッドを研究している京都芸術大学舞台芸術学科の平井愛子学科長・教授(現代演劇論、演技トレーナー)に聞いた。今回は前編。

大学での俳優育成について語る京都芸術大の平井愛子教授【写真:本人提供】
大学での俳優育成について語る京都芸術大の平井愛子教授【写真:本人提供】

拠点は国立の韓国芸術総合学校、実践的カリキュラムで優秀な俳優を多数輩出

 韓国ドラマが世界的な人気を集めている。2002年に韓国のKBSで放送された連続ドラマ『冬のソナタ』が大ヒットしアジアでの韓流ブームの始まりとなった。それから韓国ドラマは進化し続け、3年前にNetflixで配信された『梨泰院クラス』『愛の不時着』は大ブームを巻き起こした。最近でも『イカゲーム』『今、私たちの学校は…』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』などが世界を席巻している。そんな韓国ドラマのクオリティーを支えている大きな要因が俳優の演技力だ。韓国ドラマに初めて触れた視聴者は「演技が上手」と感じたことだろう。俳優たちの演技力の源泉はどこにあるのか。欧米や韓国など世界の俳優育成メソッドを研究している京都芸術大学舞台芸術学科の平井愛子学科長・教授(現代演劇論、演技トレーナー)に聞いた。今回は前編。(取材・文=鄭孝俊)

誰もがアッと驚く夢のタッグ…キャプテン翼とアノ人気ゲームのコラボが実現

――先生はニューヨーク大学(NYU)演劇学科でメソッド演技の第一人者、トニー・グレコ氏に師事してその指導法を習得されました。俳優の演技養成について欧米と日本ではどのような違いがありますか?

「欧米での教え方と日本の教え方は全然違います。ニューヨーク大学芸術学部(Tisch School of the Arts)からはアレック・ボールドウィン、レディ・ガガ(中退)、マシュー・モリソンなど多くの有名俳優のほか、マーティン・スコセッシ、M・ナイト・シャマランら映画監督も多数輩出しています。映画製作や俳優育成など多彩なプログラムでも有名です。ちなみに俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンやブロードウェイで黒人女優として初めて『欲望という名の電車』のブランチを演じたニコル・アリ・パーカーとはクラスメイトでした。NYUに留学してすぐに『欧米と日本では相当差がつくな』と感じました。

 私は演技専門のプロフェッショナルなトレーニングを受けてきたので、米国で実践されている演技の教え方を日本でも広げたいと思いました。ただ、日本に根付けさせるのは大変だなっていうことを実感しています。そんな日本とは違い、欧米の演技指導メソッドを積極的に取り入れて俳優育成を行ってきたのが韓国です。韓国では90年代から国の方針として芸術、特に芸能に力を入れています。韓国総合芸術学校の設立もその流れの中でなされたことです」

――米国の大学での俳優養成はどのように行われますか?

「簡単に言うと、米国では科学的かつ体系的にきちんと教えるんですね。日本は現場主義的だと思います。トレーニングっていうことをさほど行わず現場にポンと出してその中で覚えていく。日本の俳優はもともと才能があったり演技の勘の良さであったりとか、容姿がその役に合っているとか、そういうことも含まれると思うのですが、基本的には演技を現場の中で学んでいく。ですから経験とセンスが問われます。これに対して『現場に出るときにはプロでなくてはいけない』っていうのが、欧米の考え方。要はプロフェッショナルな体系的トレーニングを受けているのが当たり前という世界です。映画であれ舞台であれ、最初はオーディションで選ばれていくので、そのオーディションに受かるだけのスキルを大学で身につけていくっていうのが欧米のやり方なんですね。大手芸能プロダクション所属だと有利ということはまったくなくオーディションがすべてです」

――体系的なトレーニングとはどのような内容ですか?

「欧米の大学や演劇学校で主に採用されているのは『スタニスラフスキー・システム』と呼ばれる演技理論です。モスクワ芸術座の創立者の1人で演出家・俳優のコンスタンチン・スタニスラフスキーが創案した実践的な俳優養成法です。システムの中には、人間の感情や感覚をコントロールして役を魅力的かつ自然に演じることができる方法などがあります。19世紀末から20世紀末にかけて急激に発達した心理学の影響があると言われていて、意識的な心理コントロールで感情を創造するわけです。私が学んできた『メソッド』もそれをベースとしたもので、米国の俳優養成機関として有名なアクターズ・スタジオ(The Actors Studio)の演技指導もスタニスラフスキー・システムを基本としています。

 ダスティン・ホフマン、マリリン・モンロー、ジェームス・ディーンらは同スタジオ出身です。『メソッド』の1つは『感情の記憶』です。これは自分自身の体験を演じるときに生かしていくことです。私たちは過去に体験したときの感情を感覚的に覚えています。それを意図的に思い出すことによって演技に生かせる感情を作り出すことができる。そのような五感の記憶を使いこなせるよう鍛えることが『メソッド』の中では重視されています。具体的には……、いま私達は温かいお茶を飲んでいますよね。お茶がないところで、温かかったお茶や湯飲みの感触の記憶を呼び覚まして演じてみる。あるいは、幼少期に家の窓の外に何が見えたかっていうことを思い出してみよう、とか。何が見えたか、どんな音が聞こえたか、を実際に思い出していく。そうすると、今はもう失われたものが聞こえた時に得た、ある感情みたいなものがよみがえってきたりします。

 演技として要求されている心情と自分の体験を置き換えていく。そういうトレーニングを重ねていくとだんだん研ぎ澄まされていき、より多様な体験を応用できるようになります。誰でも驚くほどできます。おそらく韓国の俳優さんたちはこのトレーニングを実践し続けているはずです」

――興味深いですね。トレーニングはその後、どう進んでいきますか?

「『今ある感情のままにせりふを言ってみよう』というのが次の段階です。そうすると、思ってもみなかったようなせりふの出方があったりします。これを『インサイドアウト』と呼びます。このせりふをどう言おうかとか、こう言ってみる、とかではなくて先に自分の中に内面を作って表現は後からついてくる、という考え方ですね。自分の大切な人を思い出して、どんな感情が湧き出てくるか……。その感情を台本の役に落としていく。逆に『アウトサイドイン』という方法もあります。例えばこのキャラクターはこういう歩き方をするだろう、この状況だったらこう歩くだろうと、外側から作っていく。それを内側に落とし込めるのを待つというトレーニングです。

 私もせりふを読む際によく使うメソッドです。韓国はこれらのメソッドをかなり以前から研究していて、その結果、韓国の映画やドラマがいま世界的な人気を獲得しているわけです。演技について韓国は世界の最先端を走っています。韓国の文化体育観光部が設立した国内初の4年制国立芸術大学となる韓国芸術総合学校(K-Arts)がその拠点です。欧米の先進的な俳優育成法を積極的に採用し韓国の伝統と融合させた実践的カリキュラムによって自国の演劇界を支える優秀な人材を数多く輩出しています」

□平井愛子(ひらい・あいこ、演技トレーナー/演劇プロデューサー)文学座付属研究所を経て1988年渡米。ニューヨーク大学芸術学部演劇学科(New York Univ. Tisch School of the Arts)卒業後、LaMaMa e.t.cをはじめとするオフ・ブロードウェイやリジョナル・シアターで俳優、演出家として活動する傍ら、日米交流を目的とした舞台芸術を企画制作するStage Media Inc.を設立。主なニューヨーク公演は、日米版同日上演『弥々』など。また大学卒業後も10年間にわたりメソッド演技指導の第一人者、トニー・グレコ氏に師事。メソッド演技指導法を習得する。2003年帰国後は、東京都足立区・シアター1010の劇場立ち上げからプロデューサーとして参加。10作品以上の企画制作に携わる。07年4月より京都芸術大学(旧・京都造形芸術大学)舞台芸術学科准教授(現・教授)に就任。

次のページへ (2/2) 【動画】ドラマ『ザ・グローリー』Netflix特別予告編
1 2
あなたの“気になる”を教えてください