火だるまの岸田首相、現役保育士が「育休を軽んじている」と断じるワケ 現場で感じる親子関係の変化

育休中のリスキリング(学び直し)を推奨するかのような発言をしたとして、岸田首相が火だるまになっている。発言翌日には、「本人が希望したならば」と釈明したが、ネット上では育児経験のある親たちから「育児の大変さを分かってない」と批判の声が鳴りやまない。「異次元の少子化対策」を標ぼうし、子育て世帯をサポートする姿勢を示しながら、霞が関の官僚ともども現実を理解していないことが浮き彫りとなった。反対の声が強いのは、子を持つ親に時間がないことが理由だが、プロの見方はやや異なる。保育士で2児の父でもあるそれなり先生/誰が為の園長さん(@sorenari_ikuji)に“問題の核心”を聞いた。

共働きが増え、親子関係が変わりつつある(写真はイメージ)【写真:写真AC】
共働きが増え、親子関係が変わりつつある(写真はイメージ)【写真:写真AC】

「育児の大変さを学び直して」 岸田首相に切実な声

 育休中のリスキリング(学び直し)を推奨するかのような発言をしたとして、岸田首相が火だるまになっている。発言翌日には、「本人が希望したならば」と釈明したが、ネット上では育児経験のある親たちから「育児の大変さを分かってない」と批判の声が鳴りやまない。「異次元の少子化対策」を標ぼうし、子育て世帯をサポートする姿勢を示しながら、霞が関の官僚ともども現実を理解していないことが浮き彫りとなった。反対の声が強いのは、子を持つ親に時間がないことが理由だが、プロの見方はやや異なる。保育士で2児の父でもあるそれなり先生/誰が為の園長さん(@sorenari_ikuji)に“問題の核心”を聞いた。

 それなり先生さんは育児中のリスキリングについて「現状はいくら想像しても育休中にリスキリングをするメリットが浮かびません」と、明確にノーの立場を取った。

 SNS上では子育て経験のある親からさまざまな声が上がっている。「育児をなめてる」「どこにそんな時間」「育児の大変さを学び直して」。その多くが、リスキリングどころではない事情を挙げ、不満をぶつけている。新生児のころは昼夜問わず、2~3時間置きに起床。赤ちゃんの世話で極度の睡眠不足になり、無理をすれば産後うつにもなりかねない。さらにコロナ禍では祖父母や周囲の助けも借りづらく、家庭内で孤立する親のサポートも大きな課題となっている。成長するにつれ、一瞬たりとも目が離せない状況となり、どう育てればいいのかの試行錯誤が続く。「仕事の方が楽だった」というのは決しておおげさな言葉ではない。

 2児を育ててきたそれなり先生さんも基本的な意見には理解を示している。そのうえで、長年保育の現場に携わってきた観点から賛同できない理由を明かした。

「親子の関係が変化しているように感じるからですね。保育現場にいると、親が休みの日であろうが、0歳児であろうが、10時間超え保育はザラです。親である前に『私は1人の人間だ』という方が本当に増えています。そのうえ、育休中にリスキリング(例え、可能だったとして)をすることで親子の時間が減り、この変化に拍車がかかる…。つまり、今以上に子どもとの向き合い方が変わってしまうような気がしてならないのです」

 専業主婦が少数派になり、共働きが当たり前になった時代。子どもと過ごす時間より、仕事やプライベートの時間を確保する親が増えているという。もちろん、経済的な理由により、そうせざるを得ない事情の家庭もいる。先進国の中で突出して賃金が上がらない日本。夫婦二馬力でめいっぱい働くことが、生活の質を保つ近道であることは間違いない。だが、そのことにより、親子の絆が希薄になりつつあるというわけだ。

「子育ては24時間営業のコンビニみたいなものです。赤ちゃんが泣けば、眠い目をこすりミルクや母乳を与え、熱が出れば寝ずの看病。いつ転ぶか、何を口にしてしまうか…と、常にけがや事故にも備えなければいけません。そんな状態で毎日を過ごしています。そして何よりも、親子の愛着関係を育む本当に貴重な時期です。極限状態でも育児ができるのは、その愛があればこそだと思っています。その期間にリスキリングを推奨するような発言は、育休を軽んじていると感じるのです」

 ネット上では、もともと育児中に時間を作ってリスキリングをしている一部の親から「肩身が狭い」との嘆きも聞こえているが、「リスキリングをしている方々を否定はしませんし、各々事情があるかと思います。しかし、保育士として、子どもの気持ちを代弁する立場としての本音を言えば、0、1歳児の間は子どもに全力を注いでほしいです」と語る。

 それだけ、この時期の子育てが子にとって大事な時期だということ。まだ言葉もおぼつかない子どもの意思表示を受け止めることができるのは親だけだ。

子どもへの十分な愛情 子育てしやすい社会の形成を訴え

 それでもリスキリングを推進しようとする政府には、こう注文をつける。

「もしリスキリングを進めたいのであれば、0、1歳児の育休期間は100%の給与補償。2歳児になっても7~8割の給与補償をしたうえで、育休が取れること。そして、2歳児から育休中であっても保育園に確実に入所(短時間保育)できるようにする。この2歳児の育休期間にリスキリングをするようにすればよいかと思います」と、代替案を提示した。さらに、「男性の育休の推奨とキャリアから外す行為を罰する等」と条件を付け加えた。

 現在、所属する会社によって取得できる期間が異なる育休の期間を2歳になるまでは取得できるようにしたうえで、給与を全額補償。全力で育児に専念できる環境を整える。リスキリングはその後で、短時間保育を活用し、学びの時間を持ちやすくするというわけだ。

 子育てに対する社会の理解も、今まで以上に深めることが必要と訴える。

「子育てがしやすい世の中になるには、子育てをする大変さ、楽しさ、厳しさ、これらを皆が知ることだと思います。なので、学校教育に保育所実習や乳児院実習などを組み込むべきだと思っています。子どもを育てるということを正しく伝えていくべきです」

 独身の割合が増え、生涯未婚の人口も少なくない。最近の子育て世代に対する、矢継ぎ早とも言える手厚い施策には、「不公平」「不平等」との声も上がる。どう向き合えばいいのか。

「“本当の意味での多様性”を社会が伝えていくことが必要だと思います。多様性とは価値観の押し付けではなく、人の意見に寛容になることだと思います。子育てをする人もしていない人も、互いを尊重し合わなければならないのに、互いに敵意を持っているシーンを目にするのは、本当に悲しいことです。社会で子どもを育てる意識がなければ…。金銭面や仕事面での環境整備は、もちろん大切ですが、本質を変えることが先だと思います。そもそも、この感覚が全ての人にあれば、自然と保障も手厚くなるはずですから。最後に今一度訴えたいのは、『誰しも子どもだったということを忘れないでほしい』ということです」とそれなり先生さんは結んだ。

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