権利関係の調整、M&A、そして誹謗中傷対応…モノリス法律事務所「VTuber法務」の取り組みとは
昨今、YouTuberなどインフルエンサーへの誹謗中傷が社会的な問題となっている。そして、その矛先は近年登場したVTuberにも向かうことが多くなっており、活動休止に追い込まれるケースも出てきた。IT・インターネット・ビジネスに強いことで知られるモノリス法律事務所では、「YouTuber・VTuber法務」を立ち上げ、専門性の高いサポートを実施している。なぜVTuberに特化した取り組みを行い、どのようなサポートを行ってきたのか、そして問題となっている誹謗中傷への対応などについて、同事務所の河瀬季弁護士に聞いた。
VTuberに特化した法務サポートの現状や誹謗中傷対応などを聞く
昨今、YouTuberなどインフルエンサーへの誹謗(ひぼう)中傷が社会的な問題となっている。そして、その矛先は近年登場したVTuberにも向かうことが多くなっており、活動休止に追い込まれるケースも出てきた。IT・インターネット・ビジネスに強いことで知られるモノリス法律事務所では、「YouTuber・VTuber法務」を立ち上げ、専門性の高いサポートを実施している。なぜVTuberに特化した取り組みを行い、どのようなサポートを行ってきたのか、そして問題となっている誹謗中傷への対応などについて、同事務所の河瀬季弁護士に聞いた。(取材・文=片村光博)
モノリス法律事務所が初めてVTuberから相談を受けたのは、2017年前半のこと。VTuber自体が黎明期だったこともあり、河瀬氏は「恥ずかしながら、『そもそもそれはどういったコンテンツなのですか?』というところから聞く必要がありました」というが、「もともと、YouTubeやメディア事業、広く言えばインターネット関連の法務サポートを行っていたため、比較的速やかにその仕組み等を理解することはできたと思います」と振り返る。
「当時は、『弁護士がどのようにVTuberをサポートするべきなのか』というノウハウや経験等が、当事務所だけでなく、おそらく、弁護士業界全体で、まだなかった時代だと思います。我々も最初は、VTuberが行おうとしている具体的な取り組みや、発生した具体的なトラブルとの関係で、例えばどのような契約関係を作れば良いのか、当該トラブルをどのように解決したら良いのか、試行錯誤しながら尽力していました。
そして、少なくとも当時は『VTuberの法務サポートを行っている法律事務所』という情報があまりなかったためか、ご紹介等でさまざまなVTuber様の案件を手がけるようになり、少しずつ、事務所内にもノウハウ等が蓄積されていった、という形になります」
業界内での認知度が高まり、問い合わせの件数が増えたこともあり、「事務所内に法務チームを立ち上げることにしました」と経緯を明かす。実際の業務はどのようなものなのか。
「VTuberチャンネルの立ち上げやその直後から、例えば、絵師との契約関係等が問題になり得ます。この点について『後回し』にしていると、チャンネルが成長し収益が出た後で、その権利関係を巡ってトラブルになりかねないからです。事務所所属や企業案件、ガイドライン整備等や、企業運営の場合のM&Aといった業務も少なくありません」
また、VTuberはその成り立ちと特性から、特有の課題とリスクも考慮する必要がある。
「現在の大手VTuberの少なからざる部分は、黎明期にスタートされています。当時はまだ、VTuberというものが、現在のようなメジャーな存在になると、必ずしも皆が思っていなかったと思います。現在発生しているVTuber関連のトラブルの中には、このことが(広い意味での)原因になっているものもあると思います。
例えば、絵師にイラストを発注する際に、その著作権についてどのように処理を行うか。これは、2022年現在、仮にエンタメ系の企業が『100万人を目指す』と新しいVTuberプロジェクトを立ち上げる場面であれば、必ず問題になるテーマです。しかし、黎明期のVTuberは、最初は『大きなお金が動くことはまずないだろうけど、好きだから始めたい』といった意識(のみ)で始まっているケースが多いと思われます。そして、そのようにして始まったVTuberが、VTuber業界の発展と共に成長し、結果的にある程度大きなお金の動くプロジェクトとなったときに、『著作権の帰属』といったテーマが問題になる、という構造です。
中の人(声優)に関しても、同じような構図があると思われます。黎明期、VTuberプロジェクトを立ち上げる企業が声優事務所にコンタクトを取った際、アテンドされる声優は新人などが多く、また、そのギャラも非常に低額なケースが多かったと言えます。『VTuberというものはよく分からないが、声優の仕事であることには変わりがないので、居酒屋でバイトするよりは、この仕事を受けてみよう』といった形です。そのようにして始まったVTuberが成長し、例えば『M&A』の対象になった際に、『中の人(声優)』という存在を、どのように評価するべきかが問題になる、といった構造が、あると思います」
比較的新しい事業形態だからこその問題とも向き合いつつ、河瀬氏らは縁の下からVTuberの世界を支えている。
「改正プロバイダ責任制限法」が10月施行も、問題点も存在
8月にはとあるVTuberが誹謗中傷や危害予告の問題で、活動休止に追い込まれる事案が発生した。VTuberに対する誹謗中傷等の対応は、どのように検討されているのか。
「誹謗中傷被害への対処は、その被害の量と質から検討されるべきものだと思います。例えば、多くの人が『馬鹿馬鹿しい』と感じるような、根も葉もないデマであっても、それが面白がられるなどして拡散されてしまい、量が増えてしまった場合は、対処を考えるべきでしょう。そのVTuberの長年のファンなら一笑に付すようなデマであっても、例えば最近見始めた視聴者、いわゆる『企業案件』のスポンサーからは、『正しい情報』に見えてしまう可能性があるからです。
これに対して、存在すること自体がクリティカルな情報、例えば典型的には、いわゆる『中の人』の暴露などに関しては、『量』とは無関係に、対処を行うべきだと言えます。インターネット上の情報は、『ねずみ算』のような形で、加速度的に増えてしまうリスクがあります。『まだ見ている人が少ないので』という理由でクリティカルな情報を放置してしまうと、少し後には10倍、100倍といった量になり、『完全削除』を目指す難易度が上がってしまうからです。クリティカルな情報の場合は、まだ本格的な拡散が始まっていないタイミングで、速やかな対処を行う方が、結果的にベターとなる可能性が高いと言えます」
顔を出さず、アバターによる動画配信という形態を取るVTuberにとって、パーソナルな情報の秘匿性は他のケースよりも高い。ただ、だからこそ裁判に発展した場合、出廷に伴う個人情報の露呈リスクはどう対処するのか。
「まず、いわゆる『裁判所への出廷』をVtuberの方が行う必要はありません。すべての裁判において共通なのですが、裁判の原告が弁護士を選任した場合、弁護士が裁判手続を代理で進めるため、本人が裁判所に出向く必要はありません。裁判という言葉を聞くと、本人が裁判所に行って話をするという『尋問』のイメージが強いと思います。しかし、発信者情報開示請求訴訟の場合、審理の対象はインターネット上の投稿であって、本人から直接話を聞く必要性がないため、通常、尋問は行われません。したがって、『顔バレ』については問題が生じません。
ただし、訴状には本名と住所を記載するのが原則であり、当事者が裁判所に提出する訴訟記録は、誰でも裁判所で見ることが可能です。そこで、身バレを回避するためには、『①法律事務所の住所で訴訟を提起する』『②訴訟記録につき閲覧等の制限を申し立てる』のいずれかの対応を行います。法律事務所の住所での訴訟提起は、実務上の運用として認められているもので、住所を明らかにする必要なく訴訟が可能です。もっとも、あくまで運用にすぎないため、裁判所の判断によっては認められない可能性があります。
閲覧等の制限は、法律上認められた制度であり、訴訟記録中に記載された秘密部分の閲覧やコピー等を、第三者に行わせないというものです(民事訴訟法92条)。もっとも、閲覧制限が認められるのは『当事者の私生活についての重大な秘密』(同条1項1号)についてなので、氏名や住所が、この『私生活についての重大な秘密』である、ということを主張する必要があります。
『住所』はストーカー被害につながりかねないため、基本的に閲覧制限が認められますが、裁判所から、『氏名』は重大な秘密とまで言えないのでは、と指摘を受けることもあります。この場合は、原告となった方の具体的な事情に沿って、閲覧制限が必要であるという主張を追加し、裁判所の理解を求めていくことになります」
“中の人”の顔が見えないVTuberは、画面の向こう側に人がいるという感覚を失わせ、誹謗中傷に発展しやすい面もあるのかもしれない。VTuberを含む配信者が安心して活動していくために、解決すべき課題はどのようなものになるのだろうか。
「VTuberや配信者の方にとって、誹謗中傷は、非常に重大な問題です。令和4年10月1日からは、改正プロバイダ責任制限法が施行され、発信者情報開示命令という新たな制度が始まりました。同制度はもともと迅速な被害者救済を意図したものですが、この手続きでは、利害関係のない第三者は記録の閲覧ができないとされており、身バレ対策という観点からも一部有用な制度であると思われます。ただ、発信者情報開示命令には、前述の閲覧制限を求める規定がないという問題があり、従前の訴訟手続を選択すべき場面も未だありそうです。このあたりは、より良い手段について、今後議論が深まっていくと思われます。
ただ、この新制度が、それだけで全ての問題を解決するものではないと思います。安心してインターネット上での動画配信等を行えるような制度の整備は今後も必要ですし、我々も、そのように変わっていく状況にいち早く対応できる専門家であり続けることを目指しています」
SNSの発展などによって一気に社会問題になった誹謗中傷には、まだ法律面が追いついていない現実もある。河瀬氏ら有識者の声を活かしながら法整備がさらに進み、クリエイターたちがより安心・安全な環境で発信ができるようになることを期待したい。
□河瀬季(かわせ・とき)モノリス法律事務所代表弁護士。ITエンジニア、IT企業経営者を経て、東京大学大学院法学政治学研究科を修了し、弁護士資格を取得。東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士を務める他、YouTuber、VTuberなど多くの動画クリエイターらをクライアントに持つ。イースター株式会社代表取締役、oVice株式会社監査役、株式会社TOKIUM最高法務責任者。JAPAN MENSA会員。著書にNHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」の原案となった「デジタル・タトゥー」(自由国民社)、「ITエンジニアのやさしい法律Q&A」(技術評論社)など。モノリス法律事務所YouTubeチャンネル「YouTuberが並ぶ法律相談所」を運営。
モノリス法律事務所Webサイト:https://monolith-law.jp