CM「芸能人は歯が命」話題も競争激化で低迷 なぜ復活できた? 豪出身女性社長の敏腕
「芸能人は歯が命」の懐かしいフレーズのテレビCMで話題になったオーラルケア製品の開発・販売元「サンギ」(東京都)は、パワフルな77歳女性社長が引っ張っている。オーストラリア出身で、記者として活動経験があり、獣医師免許を取得するなど、多彩な経歴を持つロズリン・ヘイマン社長だ。初めての経営への挑戦、業績不振からのV字回復…力強い歩み、そして、企業人としてのメッセージを聞いた。
ロズリン・ヘイマン社長 オーストラリア出身、記者の活動経験、獣医師免許の多彩な経歴
「芸能人は歯が命」の懐かしいフレーズのテレビCMで話題になったオーラルケア製品の開発・販売元「サンギ」(東京都)は、パワフルな77歳女性社長が引っ張っている。オーストラリア出身で、記者として活動経験があり、獣医師免許を取得するなど、多彩な経歴を持つロズリン・ヘイマン社長だ。初めての経営への挑戦、業績不振からのV字回復…力強い歩み、そして、企業人としてのメッセージを聞いた。(取材・文=吉原知也)
現会長で、ロズリン社長の夫・佐久間周治氏が1974年に創設した同社。85年に誕生した自社ブランドの美白歯みがき剤「アパガード」は、95年に東幹久と高岡早紀が出演した「芸能人は歯が命」CMがブレークして大ヒット。96年度には会社の売上高が140億円を超え、急成長を遂げた。ところが、競合他社のライバル商品投入に加えて、急激な規模拡大による流通の管理不全、人材不足といった社内の問題が足かせとなり、業績不振に陥ってしまった。2004年頃には売上高はピーク時の約5分の1にまで減少したという。
ロズリン社長はもともと会社の経営には携わっていなかった。71年に来日し、78年に佐久間会長と結婚。共同通信社で英文記者として働き、証券アナリストとしても活動していたが、バブル崩壊でリストラの憂き目にも遭ったこともある。CM効果でブームになっていた頃は、動物が好きで獣医師の国家資格を目指し、麻布大学で勉強していた。馬術部の練習で泥だらけになる日々。「主人とはまったく違う世界にいました」。創業時に佐久間会長から「一緒にやらないか?」と誘いを受けていたが、自分のやりたいことを突き詰めたいと思っていたことで断っていた。「主人とは重要な人生観は一致しますが、ビジネスの感覚は私とはあまりに違います。主人は人前で話すのが上手で、人を笑わせる名人であり、アイデアマン。突拍子もない発想が結果に結び付くんです。私は堅実で、いたって地味なんですよ(笑)」。
ブーム当時、ロズリン社長は内心「どこかでブレーキをかけないと」と思っていた。「当時の経営陣は、大量のお金が入ってきたので、いっぺんに夢を実現しようと一気にいろいろやってしまったんです。2年ほどでスタッフは60人から240人に増え、研究所はいつの間にか1か所から4か所に拡大。地盤ができていなかったため、マネジメントが全然できなかったんです」。売上はみるみる減り、大量の借金が膨れ上がる。「ある晩、夜中に主人が『これで事実上のおしまいだ』と頭を抱えていたんです」。ロズリン社長は国際的な動物クリニックに勤めようと考えていたが、夫が苦悩する姿を間近で見たことで、「私も加わった方がいいのかな」と決心。最初はコンサル契約として99年に入社した。それでも、公認会計士から「自宅を売らないとダメです」と指摘されるほどの資金不足にがくぜんとしたという。
ロズリン社長が手がけた構造改革はたくさんあるが、ひと言で表すと「ビジネスの整理整頓」だ。米国の子会社をたたみ、国内事業に集中するようにシフト。経営に困って派手なパッケージの商品を乱発していたが、ブランディングを再整備。流通で滞るケースが続発していたため、流通のエキスパートをヘッドハンティング。マーケティング力を強化した。また、価格を下げないよう維持に注力した。
01年に新設のブランド管理室長に就任し、02年に商品リニューアル。14種類あった商品を2、3種類に絞り込んだ。04年にも性能・効能を高める大幅リニューアルを敢行。不振から脱却に成功し、08年の若手マーケティングマネジャーの案で「アパガードプレミオ」発売後、業績がプラスに転じ始め、10年には無借金経営を実現させた。「自分自身がブランディングやマーケティングを教わり勉強しながら取り組みました。教科書通りに当てはまるかと言うと、そうではなく、1つ1つ目の前の課題を解決した結果なんです。流通と顧客の信頼を取り戻すことができました」
社員に伝えているのは「アグリー(賛成)じゃない意見が大事」 コロナ禍でも安定経営
そして、16年に副社長から社長へ。佐久間会長からの「バトンタッチ」の意向をくみ、引き受けた。ロズリン社長の的確な経営判断、アドバイスをより社内にスムーズに伝える意図もあったという。「それでも、私は人前で話したり、表舞台に出るのは苦手なんですよ。社長になった当時はぎこちなかったです。今でもあちらこちらでスピーチしないといけませんし(笑)。でも、徐々に慣れてきました」と笑う。
佐久間会長が手がけた「芸能人は歯が命」CMをどう評価しているのか。「ネーミングがうまい。主人のこだわりがあって、洗面所で歯ブラシを使うようなシーンは嫌だ、と言っていました。それでいて、制作側に自由に任せているんです。『この商品を使うとあなたの人生が豊かになりますよ、というメッセージを伝えるように作ってくれれば、あとは好きなようにして』という感じでした。テーマだけは決まっているけど自由に作れる。クリエーティブな人たちにとって一番うれしいことですよね」。夫の才能に“ベタぼれ”だ。
朝の散歩、水泳で健康を維持。新型コロナウイルス禍になってからはリモート機器の扱いにはすぐに慣れた。社員・従業員との世代間ギャップを感じさせない、パワフルな働き方を自ら体現している。「今の若い人たちは、自己主張が強くなりました。遠慮しがちだったのが、自分の意見を言うようになりました。私自身も日頃から、『アグリー(賛成)じゃない意見が大事だ』と伝えているつもり。それに、女性が段々と何でもできる時代になってきました。弊社は20か国で販売を展開しているのですが、海外事業部の女性リーダーは本当に素晴らしくて、彼女と一緒に仕事するのは楽しくてしょうがないです」。また、「人生を豊かにする」ためにワークライフバランスにも重点を置いており、一例を挙げると、GWは完全に休みにしている。在宅ワークの導入で働きやすい環境整備にも余念がない。
コロナ禍でも売上をほとんど落とさずに安定経営。日本経済全体の冷え込みで困難が続くが、「辛抱強くコツコツやっていくことで結果が出ると思っています。一つ一つ目の前の課題や問題をクリアしていくことが大事です。あきらめないで、地道な努力を重ねていくこと。私自身はそうやってきました」と語る。
そんな元気印のロズリン社長は経営者としての今後を見据え、「私自身すごく健康ですし、素晴らしい社員にも恵まれています。若い次世代のリーダーを育てていくために、権限を譲れるところは譲っています。ただ、この年になってもまだ私の役割はあるな、とも思います。いや、いっぱいありますよ」と目を輝かせた。