63歳になった原田真二、45年前のデビュー秘話「拓郎さんが僕をプールに突き飛ばし」
今年、デビュー45周年を迎えたシンガーソングライターの原田真二(63)が1日、都内で行われたラジオ2番組の収録に参加した。俳優森田健作がパーソナリティーを務める3日午後3時放送のニッポン放送「森田健作 青春の勲章はくじけない心 スペシャル版」と6日午前6半放送のFM NACK5「森田健作 青春もぎたて朝一番!」。原田は、それぞれで「もし、吉田拓郎さんの曲でデビューすることになったら歌は辞めていたかもしれない」などと語った。
森田健作のラジオ2番組収録に参加
今年、デビュー45周年を迎えたシンガーソングライターの原田真二(63)が1日、都内で行われたラジオ2番組の収録に参加した。俳優森田健作がパーソナリティーを務める3日午後3時放送のニッポン放送「森田健作 青春の勲章はくじけない心 スペシャル版」と6日午前6半放送のFM NACK5「森田健作 青春もぎたて朝一番!」。原田は、それぞれで「もし、吉田拓郎さんの曲でデビューすることになったら歌は辞めていたかもしれない」などと語った。
両番組の収録は森田が都合で出演できなかったことから、代わりに森田と親交の深い俳優の京本政樹が担当。京本は「原田さんとは年齢も同じ。デビューもほぼ変わらないのに、なぜか会うのは今回が初めてです」と喜んだ。
原田は、1977年に吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、小室らが設立したフォーライフ・レコードからデビュー。吉田のプロデュースで「でぃーんずぶるーす」「キャンディ」「シャドーボクサー」と、3か月連続でシングルをリリースする異例の売り出し方だった。京本は「当時は、凄いシンガーソングライターがデビューしてきたと思った」と振り返ったが、それまでには紆余曲折があったという。
「拓郎さんからは、『真二の曲は分からん』と言われ、僕の譜面を見ると『これは何だ』とも言われましたが、自由にやらせてくれたと思っています。ただ、デビュー曲については、拓郎さんが(原田の作曲を)最後まで反対していて、レコーディング先の箱根のホテルで、拓郎さん、陽水さんらを前に朝まで話し合ったんです」
実は吉田による作曲でデビューする話もあったからだといい、最後は吉田が折れたという。
「朝方になって、僕がホテルのプールサイドを歩いていたら、そこに拓郎さんが来て、いきなり僕をプールに突き飛ばしたんです。びっくりしましたよ~。確か5月ぐらいだったので水も冷たかったですからね。でも、実はそれが、『デビュー曲は“でぃーんずぶるーす”で行くぞ』という、拓郎さんからのメッセージだったんです。もし、シンガーソングライターでデビューできないのなら、歌は諦めていたかもしれなかったですけど」
それから45年がたち、原田は「早かったですね」と実感を込めつつ、「今は次のことしか考えていません」と言った。今月4日には、デビュー45周年記念ライブを東京・新宿のReNYで行うといい、「コロナも一段落したので、思いっきりロックしたい」。来年からは平和を訴えた「ピースコンサートをやっていきたい」とし、「日本は世界で唯一の被爆国。そう言ったことを世界で共有すべき。世界のアーティストにも呼びかけて、平和を発信できるイベントを開きたいと思っています」と意欲を見せていた。