異色ボールペン画家の「成りあがり物語」 挫折から10年での転機と著名人との縁

「成りあがり」を信念にする雑草魂のボールペン画家がいる。橋本薫さん(34)。今月22日からは、東京・表参道のAoビル1階特設会場で「ボールペンアート展」を開催している。「作家 毎日在廊」をうたい、昼食を取ることなく会場内で新作を描き続けている。ロックミュージシャンの矢沢永吉を敬愛する橋本さんは、矢沢の自伝本「成りあがり」をバイブルとし、ペンを手にメジャー画家を目指している。

「ボールペンアート展」を開催している画家の橋本薫さん
「ボールペンアート展」を開催している画家の橋本薫さん

神戸市出身、34歳橋本薫さん

「成りあがり」を信念にする雑草魂のボールペン画家がいる。橋本薫さん(34)。今月22日からは、東京・表参道のAoビル1階特設会場で「ボールペンアート展」を開催している。「作家 毎日在廊」をうたい、昼食を取ることなく会場内で新作を描き続けている。ロックミュージシャンの矢沢永吉を敬愛する橋本さんは、矢沢の自伝本「成りあがり」をバイブルとし、ペンを手にメジャー画家を目指している。

 平日の昼下がり。橋本さんは、会場のAoビルにちなんだ絵を描いていた。タイトルは「Ao(青)空ビーナス」。太陽と青空の下、ビーナスが穏やかな顔でビルを抱きしめている絵だ。ボールペンと水彩絵の具を組み合わせで、自分の頭にあるイメージを表現している。

「1枚につき2、3日。絵の主役から描きますが、出て来るイメージのままに描くので、自分では想像しなかったものにもなったりします」

Aoビルをイメージして描いた「Ao(青)空ビーナス」
Aoビルをイメージして描いた「Ao(青)空ビーナス」

名門高美術科卒も悟った「絵で食べてはいけない」

 橋本さんは幼い頃から画家を目指していた。神戸市出身で美術科の名門として知られる兵庫・明石高美術科に越境入学するも、すぐに自信を失ったという。

「レベルの高さにがくぜんとしました。自分では上手いと思っていたのに、井の中の蛙でした。そして、好きなだったものが嫌いになり、授業を受けていく中で、『自分が絵で食べていけるわけがない』と勝手に悟りました」

 卒業後は大学進学をせず、絵とは関係のない仕事に就いた。趣味で描くこともなかったが、10年後の2015年、行きつけのバーでの周年祝いにバーテンダーの似顔絵をプレゼント。他の常連客からのリクエストにも応じて描き続けている中、あるジャズバーのオーナーに似顔絵を渡すと「これは1つの芸だから、お金を取らなければダメだよ」と伝えられたという。

「絵で報酬を得た初めての機会でした。何より、自分の絵を評価してくださったことがうれしく、その店では、私にとって初めての個展も開催していただきました」

 個展タイトルは「成りあがり鯛展」。16年10月のことだった。以降、橋本さんは創作意欲が湧き、似顔絵以外の作品も描くようになった。ただ、「美大も出ていない自分が画家として生きていくことは簡単ではない」と判断。和風でレトロな作品が外国人に喜ばれたことから、活路を海外に求めた。矢沢のように成りあがっていくためにだ。その第1歩として、かつて旅をして気に入ったシンガポールの日系カフェに「個展を開かせてほしい」とメールを入れて交渉。実現に至ると、すぐに次の展開があったという。

「個展を現地の伊勢丹の方が見てくださり、『うちでもやりませんか』というお話をいただきました。それをきっかけに伊勢丹さんとのご縁ができ、紀伊国屋さん、ジュンク堂さんにも営業メールを送りました。そして、海外の商業施設で続々と個展が実現し、シカゴではすごい方に絵をお渡しすることができました」

焼酎「いいちこ」の海外販促用ポスター
焼酎「いいちこ」の海外販促用ポスター

シカゴでダルビッシュに遭遇、始まった著名人営業

 シンガポール、マレーシア、フランス、タイ、台湾、ドバイ、米国などで個展を開催。“海外進出作戦”が軌道に乗ると、橋本さんは「著名人に絵を認めてもらいたい」と思うようになった。19年7月にシカゴで個展を開いた際には、当時、カブス所属のダルビッシュ有投手と遭遇することを想定していたという。

「隣には日系のスーパーもありますし、『もしかして』と思っていましたが、最終日にたまたま私が買い出しに行くと、家族といらっしゃるダルビッシュさんにお会いできました。急いで展示会場に戻ってペガサスの絵を持って来て、『もらってください』とお願いしました」

 ペガサスの絵を渡した意図は、「もっと、もっと羽ばたいて」の願い。ダルビッシュは驚きつつも、笑顔で応じてくれたという。

 その後、コロナ禍になり、海外での個展ができなくなったが、昨年からは、東急ハンズとタイアップで国内個展ツアーを展開。著名人にはメール、手紙、ハガキでアプローチを続け、現在では市村正親、水谷豊、萬田久子、剛力彩芽、三谷幸喜氏、GACKT、片岡鶴太郎、玩具コレクターの北原照久氏が橋本さんの絵を所有しているという。

「7月にAoビルで開催した個展には鶴太郎さんがいらして、『この細かいタッチは、アクリル画でも面白いかも』と言っていただき、ありがたかったです。『なんでも鑑定団』でおなじみの北原さんには、作品を数枚ほど買っていただきました。そして、今回も酒井法子さん、ローランドさん、ロバート・ハリスさんが、井上公造さんがいらっしゃいました。皆さん、芸事で生きてこられた方々なので、作品を真剣に見てくださいます。うれしい限りです」

 シカゴで個展を開催したことをきっかけに、橋本さんは焼酎「いいちこ」の海外販促用ポスターをデザインするに至った。そして、米国、中国、タイの日本料理店などに手掛けた絵が飾られるようになったという。7年前と比べると、かなりの「成りあがり」ぶりだが、橋本さんは満足していない。

「営業はもっとしていきます。そして、憧れの矢沢さんからもお仕事をいただけるような力のある画家になりたいです。1度は嫌いになった絵画ですが、2度と嫌いになりたくないのですし、暗いニュースが多いので、絵だけでも明るいものをお届けできたらと思います」

 今回の個展は30日まで。書き溜めた約1000点のうち、150点を展示、販売している。ガッツあふれる橋本さんだが、素顔は陽気な関西人。コツコツと新作を描きながら、新たな出会いとしゃべり相手を待っている。

□橋本薫(はしもと・かおる)1988年(昭63)2月4日、神戸市生まれ。明石高美術科卒。高校で「絵で食べてはいけない」と判断し、一般企業に就職したが、10年後に知人のために描いた似顔絵が好評を得たことをきっかけに、ボールペンとA4サイズのコピー用紙を持ち歩いて、次々と作品を残すようになった。そして、2017年には勤務していた会社を退職して、プロの画家に転身。さまざまな縁を繋ぎながら海外で個展を重ね、昨年からは国内で個展ツアーを展開している。

次のページへ (2/2) 【写真】橋本薫さんと展示会を訪れた酒井法子の2ショット
1 2
あなたの“気になる”を教えてください