安倍晋三元首相の銃撃事件から3か月あまり、国内を震かんさせたテロ行為により、SPという職業にもあらためて世間の関心が高まっている。テレビドラマや映画など、フィクションの世界ではなじみ深い存在も、現実にはほとんどの人が関わることがないSPとは、いったいどんな仕事なのか。かつて大手警備会社のセコムグループで全国に10人しかいない「一軍」の精鋭部隊に所属、現在はベンチャー企業の株式会社ファストコムで人事を務める山口大介さんに、知られざるSPの世界について聞いた。

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　山口さんがSPの世界に足を踏み入れたのは28歳のとき。前職の県民共済から転職し、たまたま転職サイトでセコムの求人を目にしたことがきっかけだという。

「それまではSPなんてまったく頭になかったんですが、たまたま転職サイトで見かけて、『人から信頼されて命を預けられる、かっこいい男になりたい！これだ！』と強いインスピレーションを受けました。学生時代に柔道や合気道はやっていましたが、警備に関してはまったく未経験のド素人。そのまま、入社試験を受けに行きました」

　社内では通常、制服警備を3年経たのち、公募でSPになるための選抜試験を受験できるが、山口さんがいきなり「僕もSPになれますか！」と人事部長に掛け合うと、「面白いから受けてごらんよ」と当時の上司が受験を快諾してくれたという。

　上司の計らいもあり、入社直後に臨んだSP試験。研修センターでの1週間の試験は過酷を極めたという。50人いた志願者はどんどん脱落。実際に要人役を警護する最終日の実技試験では、これまでに教わった刃物ではなく、拳銃や手りゅう弾など初見の襲撃方法に対し、どれだけ臨機応変に対処できるか対応力をジャッジされた。襲い来る襲撃犯をかわし、要人役を車まで誘導するのだが、優秀なSPかどうかを見分ける判断材料は、「車両の乗降の基本動作を見るのが一番」だという。

「すし職人でいうところの玉子焼きのような感じで、うまい下手が一番分かりやすいのが車両の乗降です。シートベルトの付け外しや、ドアの開け閉めをいかに周囲を警戒したまま目線を切らずにこなすか。警護員が2人以上いる場合は前後の席の連携など、見るべきポイントはたくさんあります。カローラ、クラウン、レクサスなど、車種によってドアの長さも変わってくる。それらを頭にたたき込んで、どれだけスムーズな動きができるかでおおよその力量は判断できます」

　当時、セコムグループに所属する連結約6万人のうち、SPになれるのはわずか50人ほどだ。山口さんはその中でも「一軍」と呼ばれるわずか10人の精鋭に、初挑戦で合格。現場時代にはさまざまなケースの警護を担当したという。

「暴力団を親族に持つ依頼者から、結婚式での警護を依頼されたことがありました。新郎新婦の結婚を反対する親族から『式をぶち壊しにする』と脅されていて、警察も協力してくれない。たまたま前職でブライダルの仕事をしていたので、式場スタッフにふんして警備にあたりました。式が始まると本当に怖い人たちが来て、とにかく大事にしないため、体を張って敷地に入れないようにガードしました。向こうもこちらの動きが素人ではないと察したようで、穏便にその場をおさめるができました。

　警備対象者と車で移動中、他の車に追尾されたこともありましたね。そのときは電話をかけるふりをして車を降り、追尾していた車をスマホでバシャバシャ撮ったら逃げていきました。警備対象者に余計な不安を抱かせないのも大事なこと。つけてるのは分かってるぞと意思表示するだけで、いなくなることも多いです」

　諸外国に比べ、テロや襲撃の恐れが少なく安全と言われる日本。それでも万が一の事態に備え、警備のプロたちは日頃からたゆまぬ鍛錬を積んでいるようだ。

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