“理想の花嫁ナンバー1”市毛良枝、忘れられぬ演劇から受けた衝撃「舞台は初心者」

俳優の市毛良枝(72)が久々の主演舞台に挑む。9月26日から10月2日まで岐阜県・可児市文化創造センターala・小劇場で開催される「百日紅(さるすべり)、午後四時」(作・演出鈴木聡、10月20~27日、東京・吉祥寺シアター)で、人生百年時代が題材。女優生活50年の大ベテランだが、「舞台は初心者」と語る。

舞台「百日紅、午後四時」で主演を務める市毛良枝【写真:舛元清香】
舞台「百日紅、午後四時」で主演を務める市毛良枝【写真:舛元清香】

主演舞台「百日紅、午後四時」が岐阜で開幕、人生100年の生き方を模索するヒロイン

 俳優の市毛良枝(72)が久々の主演舞台に挑む。9月26日から10月2日まで岐阜県・可児市文化創造センターala・小劇場で開催される「百日紅(さるすべり)、午後四時」(作・演出鈴木聡、10月20~27日、東京・吉祥寺シアター)で、人生百年時代が題材。女優生活50年の大ベテランだが、「舞台は初心者」と語る。(取材・文=平辻哲也)

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 1971年にテレビドラマ「冬の華」でデビュー以降、映像の世界を中心に活躍し、ライオン奥様劇場の嫁姑シリーズでの好演では「理想の花嫁ナンバー1」と言われた市毛。文学座演劇研究所出身だが、51年の長いキャリアでも舞台は多くない。「舞台はいつも初心者」だという。

「7年ぶりでしょうか。そのときも親を介護していた時期だったので舞台はできないなと思っていたんですが、たまたま母のショートステイ2か月とハマッたんです。これって舞台をやれということだなと。やると決めたけどなかなか大変でした。しばらく離れちゃったので、また初心者に戻っちゃったんです」

 今回の出演のきっかけは舞台で町を活性化させようとする取り組みを行っている可児市文化創造センターの前館長から声をかけられたことだった。

「『とりあえず、(演出家の)鈴木聡に会おうよ』と言われて。でも、会っちゃったら、もう決めたことになっちゃうから、とにかく事務所に言って下さいと。でも事務所に言って、会っちゃうと、『やる』と言ったことになっちゃうかな……。そんなモヤモヤした気持ちで始まったんです。で、お会いしたら、鈴木さんのお父さまが私のデビュー作の監督だったことが判明し、その瞬間に断れないと思ったんです。小さく外堀を埋められた感じです」と笑う。

 劇団ラッパ屋を主催する鈴木聡氏の父親はドラマ演出家、鈴木利正氏。市毛のデビュー作「冬の華」は、木下恵介「人間の歌」シリーズ第5作。父親(芦田伸介)と対立する大学生の息子(あおい輝彦)が精神的な成長を遂げ、父親の人生を認めていく姿を描くもの。木下氏が企画し、倉本聰氏が脚本を手掛けた。

「その準主役のオーディションで落ちているんです。『ネームバリューのある人にしたいからごめんね』って。落ちて当たり前のつもりで行ったのに、鈴木さんは『君のことが気になる』と言って、すぐに死んじゃう小さな役でしたが、私にくれたんです。でも、そのことをきっかけに、いろんなことが動き出して、人との出会いが始まりました。鈴木さんのお父様は、私の役者人生のスタートを作ってくれた方で、ただご一緒しただけの話じゃなかった。これを断ったら人間じゃないなって」

 舞台自体は見るのは大好きで、観劇の間は自身が俳優であることを忘れてしまうほど。「いろんなものを見ていますが、小劇場と大劇場の中間にある鈴木さんの劇団ラッパ屋はたまたま見ていなかったんですね。だから、鈴木さんという人はよく知らなかった。その人がまさかデビュー作の監督の息子さんだったとは……」

「百日紅、午後四時」は同センターの開館20周年記念作で、「ala Collection」シリーズ初の新作書き下ろし。人生100年の生き方を模索するヒロイン一美(市毛)が、庭に百日紅のある一軒家を舞台に人生を見つめ直す姿を描く。

「鈴木さんは当て書きする人。私が登山好きなので、登山にまつわる話らしいんです。『別に登山家とは結婚しないよ』って思いますけどね(笑)。性格の設定も私を入れ込んでいる気はします。百日紅の花言葉は、『お喋り』『粗忽(そこつ)』とか言っていました。詳しい人に言わせると、『あなたを信じる』とかいい言葉もあるんですよね。でも。鈴木さんはそういう方なんですよ、きっと」

別役実氏の活躍、蜷川幸雄氏による現代人劇場登場などを目の当たりに

 キャリアのスタートは文学座演劇研究所。70年代は安保闘争における演劇、別役実氏の活躍、蜷川幸雄氏による現代人劇場登場などを目の当たりにしてきた。舞台は好きだからこその怖さを感じている。

「長いことやってきましたが、胸張って役者をやってきたわけでは全然ないんです。グズグズ言いながら、『早くやめないと』とか『ごめんなさいね』という感じで、この仕事に自信を持てないままズルズルやってきたんですよ。舞台に対してすごくリスペクトがあるから私ごときが出ちゃいけないでしょ、みたいなのもあったんです」

 特に、デビュー当時は舞台人と芸能人は違うという思い込みもあった。

「変な言い方ですけど、私は芸能人になろうと思ったわけじゃないんですよ。文学座のマネジャーさんからは『君は背が高くないし、顔も迫力があるわけじゃないから、舞台よりテレビの方が向いているよ』と言われたんですが、『私は芸能人になりたくないんです』と断ったくらいなんです。私の中には、舞台は教養人みたいに思っていたんですよね。でも、気が付けば、テレビで生きていくことになって、そのまま居着いてしまった。でも、心は演劇に戻ってしまう。きっとあの頃の衝撃が忘れられないんですよね」。

 そんな複雑な思いを抱え、初心者マークをつけて臨む舞台だが、意気込みはいかに?

「崖っぷちに立たされちゃうと、頑張るしかないから頑張りますみたいなタイプなんですよ。面倒くさいやつですね(笑)。アピールするのも苦手で、舞台をやっているときも人に言わないので、よく怒られるんです。今回は可児市で始まる舞台ですが、コロナで旅行も行けていないから、旅行ついでに行こうかなという感じで来ていただきたいですね。東京だけではなく、地方にもこんな文化が芽生えて根いているんだと知っていただけたら。町おこしが好きなので、その一助になれば、うれしいです」。時代は人生百年、72歳でのチャレンジとなる。

□市毛良枝(いちげ・よしえ)1950年9月6日、静岡県出身。テレビドラマ「冬の華」でデビュー。73年、「さえてるやつら」で映画初出演。以後、ドラマ、映画、舞台で活躍。また環境カウンセラーや特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事も務める。近年の出演作に、ドラマ「釣りバカ日誌」「越路吹雪物語」「白い巨塔」「未来への10カウント」「無用庵隠居修行」シリーズ、「駐在刑事」シリーズ、映画「神様のカルテ2」「春を背負って」「駅までの道をおしえて」「望み」「ラーゲリより愛を込めて」(2022年秋公開予定)など多数。著書に「山なんて嫌いだった」(山と渓谷社)など。趣味は登山、ドライブ、社交ダンス、オペラやミュージカル鑑賞。

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