“校閲ツイッター”、なぜバズる? SNS時代の校閲の意義を毎日新聞に聞いた

新聞社で記事の言葉遣いや事実関係などをチェックする部門「校閲」が、ネット上でにわかに注目を浴びている。大手紙の校閲部署のツイッターが、日本語や新聞用語に関する知識・役立つ情報を積極的に発信。8月には、毎日新聞が「欲しい」は「~してほしい」の場合はひらがなにすることを伝えた投稿が反響を呼び、日経新聞が「お嬢様言葉」の歴史を端的に解説したツイートがバズった。誰もがSNSを通して自分の意見を気軽に書くことができるようになった時代に、“新聞の校閲”が担う意義とは。「毎日新聞 校閲センター」の担当者に聞いた。

「毎日新聞 校閲センター」は「新聞の日本語」を「誰にでも読みやすく正確に伝わること」と定義している【写真:ENCOUNT編集部】
「毎日新聞 校閲センター」は「新聞の日本語」を「誰にでも読みやすく正確に伝わること」と定義している【写真:ENCOUNT編集部】

「毎日新聞 校閲センター」ツイッターはフォロワー11万人超、日経新聞「お嬢様言葉」解説がバズる

 新聞社で記事の言葉遣いや事実関係などをチェックする部門「校閲」が、ネット上でにわかに注目を浴びている。大手紙の校閲部署のツイッターが、日本語や新聞用語に関する知識・役立つ情報を積極的に発信。8月には、毎日新聞が「欲しい」は「~してほしい」の場合はひらがなにすることを伝えた投稿が反響を呼び、日経新聞が「お嬢様言葉」の歴史を端的に解説したツイートがバズった。誰もがSNSを通して自分の意見を気軽に書くことができるようになった時代に、“新聞の校閲”が担う意義とは。「毎日新聞 校閲センター」の担当者に聞いた。(取材・文=吉原知也)

「見学に来る小学生にも、『こうえつ』と読めるようになったくらい、ドラマの影響で認知度が上がったことを感じていました」。校閲センター副部長で、記事作成のよりどころとなる用字用語のルールの責任者「用語幹事」を務める平山泉さんはこう話す。石原さとみさんが主演した2016年放送のドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」が知名度アップのきっかけの一つになったという。

 そもそも校閲とはどんな仕事なのか。同センターは「新聞の日本語」について「誰にでも読みやすく正確に伝わること」と定義付けている。平山さんによると、まず記事の根幹である固有名詞、数字データや事実関係が正確かどうかのチェック。それだけでなく、記事中の表記が統一されているか、意味が通らない表現はないかについても丹念に確認する。「てにをは」の細かいミスも逃さない。表記ルールの決め事のとりまとめも行っており、多岐にわたる。「正直、地味です。でも、地味でいいんです。何事もないのが一番いい仕事をした時だと思っています。記者がどんなに頑張って取材して素晴らしい内容の記事を書いても、例えばたった1か所『ウクライナ』が『ウクラナイ』となっていただけで、一気に信頼をなくします」

 目立たないことがいい――。校閲の仕事観は、強い使命感が背景にあるという。「読者が違和感なく読めて理解できる記事を作ることが大事です。私たちは正しく直して当たり前なので、校閲が目立つのは間違いのまま掲載・配信されてしまった時です。記者にとっても記事にケチが付くことになってしまいます。何事もなく記事を送り出すことに達成感があります」と教えてくれた。

 東京本社には約50人の部員が在籍。紙面だけでなく、時代の変化に応じたネット配信記事についても目を通しているという。

 毎日新聞の“縁の下の力持ち”である同センターは、新聞社の校閲ツイッターの先駆けでもある。2011年5月にアカウントの運営を開始。フォロワーは11万人超を抱える。さらに12年、同センターが運営し、言葉や校閲業務の情報を発信するサイト「毎日ことば」を立ち上げた。このネット展開の発端は、08年に始まった同紙の「週刊漢字」という紙面連載だ。「この漢字は読めますか?」と読者に呼びかける漢字クイズを紙面展開するにあたり、ネットを通した読者参加型のコンテンツに行きついた。校閲センター副部長の大木達也さんはツイッター開設の当事者。「当時の連載の解説の字数が140字に収まるくらい。この短いながらも面白い解説にマッチするのがツイッターだったんです。ちょうどいい文字数でした」と振り返る。

「校閲」は新聞社の“縁の下の力持ち”だ【写真:ENCOUNT編集部】
「校閲」は新聞社の“縁の下の力持ち”だ【写真:ENCOUNT編集部】

「どうやって分かりやすく伝えるか。若手部員のアイデアが始まり」

 現在は、サイトとツイッターを一体運用しており、漢字の読み方クイズに加えて、「どこまで学生と呼べるのか」「マスクについて『未』『不』『非』着用の表現はどれがOKなのか」といった言葉にまつわるアンケートをとり、解説を掲載する定例企画を実施している。他にも、「『電気』と『電器』と『電機』の違い」「よく混同される『おざなり』と『なおざり』」などの解説を紹介。これらは「言われてみると確かにそうだ」と改めて役に立つ情報が多い。また、読者・ユーザーと双方向のコミュニケーションを図ることを通して、気付きや驚きがあるという。今夏、「食りょう危機」の表記は「料」と「糧」のどちらを用いるかをアンケートしたところ、「食糧」が8割超の結果に。一般には「食糧」より「食料」の表記の方がなじみがあると考えていた平山さんは「意外に思いました」と話す。

 他にも、校閲記者の思いを語る記事や、国語辞典の編集者へのインタビューといった独自コンテンツ、オリジナル企画を充実化させている。同センターでは校閲に関する書籍を出版したり、平山さんは国語辞典のイベントに登壇したりするなど、「表に出る」活動も広がっているとのことだ。

 そして、大きな特徴は、実際に記者が書いた原稿をチェックした際のゲラ刷り紙の写真をアップしていることだ。文章の横には鉛筆や赤ペンで線が引かれ、メモ書きが記されていたり、間違い箇所を赤い丸で囲っていたり……。校閲記者のリアルな仕事ぶりが一目瞭然だ。大木さんは「どうやって分かりやすく伝えるか。若手部員のアイデアが始まりです。パッと見て伝わることを意識しています」。

 ネットの普及によって、ブログやSNSなど、一般の個人が意見や主張、出来事の報告を手軽に世の中に伝えることのできる時代になった。表現の場、発信の機会が格段に広がったことは確かだ。今の時代だからこその校閲の存在意義とは。

毎日新聞東京本社の「毎日新聞 校閲センター」の入り口に掲げられている校閲部の説明【写真:ENCOUNT編集部】
毎日新聞東京本社の「毎日新聞 校閲センター」の入り口に掲げられている校閲部の説明【写真:ENCOUNT編集部】

 平山さんは「誰でも発信できる時代になって、自分で文章を書く人が増えていると思います。それまであまり考えてこなかった漢字の使い分けに悩んだり、この表記はひらがなの方がいいのかなといったことを考えたりする機会が多くなったのではないでしょうか。新聞社のサイトの記事は私たち校閲記者がチェックしていますが、一般の皆さんであっても自分の文章を広く発信するにあたり、『できれば間違いたくない』と考えているはずです。ネットの文章は間違ってもいい、ではなくなってきています。これまでの『ネットはアバウト』というイメージが変わってきているように思います」と実感について明かす。そのうえで、「言葉は誰にとっても最も身近なものです。日本語ブームと言われますが、誰もがずっと向き合うものですよね。『ネットでも校閲するもの』という意識が広がればいいなと思います。うちのサイトを参考にしてもらい、新聞社が取り組む『誰にでも伝わる言葉遣い』を知ってもらえればうれしいです」と語った。

 大木さんは、ツイッターの度重なる反響に驚いているといい、「もともとは、校閲に関連するコンテンツはそれほど多くの人が見るものではないだろうけど、ネットではニッチなものでも必要としている人に届く、という考えから始まって。それがここまで見てもらえるとは思っていなかったんです」。校閲の果たす役割を実感しており、「ネットの発信については、まだ校閲そのものはニッチだと思っていますが、やり続ける意味はあると思っています。それに、校閲記者は、用語集を作るなど日々言葉のことを考えて研究している側面があります。長年培ってきた知見を出して、世の中の役に立ててもらうこと。その面で少しでも社会に貢献できれば」としている。

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