100軒断られた修理引き受ける“車の名医” 設備に総額2億円、利益より優先する男気

事故で大破し、100軒以上から断られた車でも修理を引き受ける“車の名医”がいる。山梨県南アルプス市に工場を構えるイチムラボディーショップの市村智代表は、過去30年で1万5000台以上の車を修理してきた板金塗装のスペシャリストだ。なぜ他所で断られる修理でも引き受けるのか。自動車修理の難しさと奥深さを聞いた。

“車の名医”と言われるイチムラボディーショップの市村智代表【写真:ENCOUNT編集部】
“車の名医”と言われるイチムラボディーショップの市村智代表【写真:ENCOUNT編集部】

事故で車体に生じたひずみがどこまで達しているのかを見極める職人の世界

 事故で大破し、100軒以上から断られた車でも修理を引き受ける“車の名医”がいる。山梨県南アルプス市に工場を構えるイチムラボディーショップの市村智代表は、過去30年で1万5000台以上の車を修理してきた板金塗装のスペシャリストだ。なぜ他所で断られる修理でも引き受けるのか。自動車修理の難しさと奥深さを聞いた。

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「一口に板金塗装といっても、なかなか言葉では説明できない。簡単に言えば金属をたたいて元の形に戻していく作業だけど、鋼板を知り、構造を知り、どこをどの方向にどのくらいの力でひいていくのかはその時々で違うもの。まあ、職人の世界ですね」

 かつてはフレームの上に車体が乗ったタイプの車が多かったが、現代ではモノコックボディといって、フレームとボディが一体となった車が主流だ。事故で車体が凹むとボディ全体にひずみが生じるが、そのひずみがどこまで達しているのか、最終損傷地点を見極めることが作業計画を立てる第一段階になるという。

「鋼板自体も変わってきていて、今は強度と軽量化を両立するために超高張力鋼板と言われるものが使われている。ペラペラの布でもピンと張ると強度が出るけど、一度破けると元には戻しづらい。新しい車であればあるほど、元通りに直すのは難しくなっています」

 壊れた車を直す上では、安全性の担保という課題もある。一度破損したの同じ箇所に、同じだけの衝撃が加わったときの検証は現実的に不可能だからだ。だからこそ安全性の確保は絶対に妥協が許されない領域。イチムラボディーショップでは、現在国内に6台しかない5000万円以上するという特殊な乾燥機器を日本で最初に導入。メーカー以上の設備投資を行っている。

「実は、一番高いのが乾燥機なんですよ。今は水性塗料が主流になりつつありますが、これは当日の気温や湿度にも左右され、作業時間が取られる。高熱をかけて乾燥させるんですが、一方でハイブリッド車ではバッテリーを65度以上の高温にさらしてはいけないことになっていて、当初はそういった注意書きがあったんですが、メーカーの自社工場でもその条件がクリアできないとあまり表記されなくなったんです。通常は部屋全体を乾燥室にするんですが、うちでは塗膜だけを熱して焼き付ける機器を入れています。我々の仕事を医者にたとえるなら、外科手術で骨を直しても内臓を傷つけてしまっては意味がないですから」

事故で大破し、100軒以上から断られたというシルビアS15の修理を引き受け

 市村さんは昨年、100軒以上の整備工場から断られたというオーナーに頼み込まれ、事故で大破したシルビアS15の修理を承諾。数か月の修理ののち、よみがえった愛車が持ち主の元に納車される様子は、地方局のニュース番組でも取り上げられた。

「おそらく、100軒のうち9割は設備や技術が整っていないことが理由でしょう。車の修理機器は設備投資にかなりのお金がかかる。うちの工場でも約2億……1億円では建ちません。設備を持っている残りの数軒は、たぶん直しても採算が取れないから。技術的に直すことが可能でも、1台直すのに他の10台分の作業時間がかかっては利益にならない。その他、200万円で買える車に300万円の修理費がかかったら、いわゆる『経済的全損』ということになる。いろいろな理由があって、みんなが引き受けたがらない仕事もあります」

 なぜ、わざわざ利益にならない修理を引き受けたのか。

「一言で言えば、持ち主の思いに心を打たれたということ。我が子のように大事にしていた車で、思い入れが本当に強かった。何が何でも生き返らせたいという思いに打たれ、だいぶ悩んだんですけど、修理を引き受けました。この世界一筋でやってきたからこそ、損得勘定だけで仕事を選びたくないという思いもあった。クルマ屋さんって、低収入で魅力がない業界というイメージが強い。手に職つければこれだけ壊れた車でも直せるんだ、人から感謝されることもあるんだと、業界の若い人たちに示したかった。単発的な考えだけではありません」

 シルビアS15のニュースが放送されると、SNS上で拡散され全国から依頼が殺到。反響は大きかったが、考えさせられるものも多かったという。

「壊れたけど諦めきれず庭に置いたままというオーナーから、うちの愛車も見積りしてほしいという依頼はたくさんありました。正直、このレベルの見積りは実際に車体を見たりパーツがあるかどうかを調べたりしないとできないので、写真を2~3枚送って無料で見積りというわけにはいきません。ただ、『うちではできない』と断るのではなく、『これは100万とかそこらじゃ無理ですよ』とか『安くても200~300万円はかかりますよ』とか、ざっくりした予算感は伝えてあげてもいいと思う。『それなら諦めます』『おかげさまで諦めがつきました』という声は思いのほか多かったですね」

「どうしても技術力ばかりクローズアップされますが、うちよりうまいところはたくさんあります。一番大切なのは安全安心であること。車は食や医療と同じように、人の命を守るもの。ここだけはこだわりを持ってやっていきたい」と市村さん。“名医”の名に違わず、車はもちろん、乗る人の安全を守るための修理を続けている。

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