和式トイレに女子社員悲鳴 老舗IT企業が引っ越しで大成功「普通になりたかった」

引っ越しは人生の一大事。それは職場でも同じだ。創業46年の東海ビジネスサービス株式会社(東京都中央区)は、2年前まで築40年のビルに本社を構えていた。壁にはひび、トイレも和式で女性社員の評判はさえなかったが、オフィス移転を機に印象が一変。優秀な新入社員も入社するようになったという。前社長に退職覚悟で引っ越しを直談判した同社の田中亮宇社長(43)に話を聞いた。

田中亮宇社長【写真:ENCOUNT編集部】
田中亮宇社長【写真:ENCOUNT編集部】

薄暗い社内、止まらないエレベーターに覚えた恐怖感

 引っ越しは人生の一大事。それは職場でも同じだ。創業46年の東海ビジネスサービス株式会社(東京都中央区)は、2年前まで築40年のビルに本社を構えていた。壁にはひび、トイレも和式で女性社員の評判はさえなかったが、オフィス移転を機に印象が一変。優秀な新入社員も入社するようになったという。前社長に退職覚悟で引っ越しを直談判した同社の田中亮宇社長(43)に話を聞いた。(取材・構成=水沼一夫)

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 同社はIT業界の老舗で、システムエンジニアの派遣や中小企業コンサルティングなど高い技術力で知られている。

 そんな同社にとって、大きな転機となったのが、2020年5月の引っ越しだった。1976年に創業後、一貫して使用していた本社ビルは薄暗く、築40年で老朽化が激しかった。「大まかに言えば、人を呼べるようなオフィスじゃなかった。古くて内装のリニューアルも全然やっていなかったので、床はボコボコで穴が開いていましたし、雨で水漏れもしていました。エレベーターは古くて遅い。ちょっと怖いんですけど、東日本大震災のとき、エレベーターが止まらなかったらしいんですね」と、さまざまな問題を抱えていた。旧本社は5~7階にあり、田中社長ですらエレベーターを使わず、階段を使っていたという。

 そして、極めつけはトイレだ。令和の時代になんと和式で、特に若手や女性社員は悲鳴を上げていた。わざわざコンビニや駅で用を足す社員も。会社は将来的に上場を目指しており、準備のために専門家を呼んだときも、「女性の会計士の先生がいたんですけど、トイレが和式だったので、ちょっと行きたくないということで、違う施設のトイレに行っていたという話もありました」と散々だった。

 影響は採用にも及んだ。同業の競合他社と比較すると、施設面でどうしても不利になった。「同じレベル感で面接したとしても、うちに来るっていうのはよっぽどじゃないと難しそうだなっていうふうに思いました。面接している時点で見栄えはよくしておかないと、若手が期待を持てないと思う」。結果、他社に入れなかった層を採用したり、学校からの推薦に頼ることも多かったという。

 見かねて動いたのが19年に外部から入社した田中社長だった。当時60代後半だった前社長に引っ越しを直訴した。「初めはいいよって話してたんですけど、でもしばらくすると、嫌だ、ダメだと言われて」と交渉は一筋縄ではなかったが、田中社長は説得を続けた。

「やっぱり愛着がすごくあったと思うのですが、私はオフィス移転ができないようだったら自分が入ってきた意味がないので、だったら辞めますというところまで伝えました。そしたら、分かったと言っていただきました。1年間かけて一生懸命、口説いたという感じですね」と、なんとかGOサインを勝ち取った。

 移転は決まった。だが、今度は別の問題に直面した。片付けがスムーズにはいかなかった。「40年間捨てれなかったものを整理するのが一番大変でした。前会長と前社長の倉庫のようでしたから」。古い社内報は積み上がり、社員旅行の写真も大量に置かれていた。老舗企業の負の部分だった。「すごい昔の決算書とか、昔の営業会議資料だとか、手書きの書類があったりして、これは捨てるべきか捨てないべきかと結構、葛藤はしました。備品関係もたくさん溜まっていた」。前社長に相談しながら、一つ一つ、処分していった。

 断捨離を行い、新オフィスへ引っ越しとなった。

旧オフィスは薄暗かった【写真:東海ビジネスサービス提供】
旧オフィスは薄暗かった【写真:東海ビジネスサービス提供】

新オフィスの驚くべき移転効果 有名大卒の学生も入社

 新オフィスはワンフロアで、フリーアドレスを採用するなど、理想の環境を整えた。もちろん、トイレは洋式だ。共用のエレベーターの中には最新鋭のビジョンも導入され、一歩足を踏み入れただけでIT企業らしい雰囲気が漂う。「すごい綺麗だなというよりは、前のレベルが低すぎるので、普通になりたかったっていうのが正直なところですかね」と、田中社長は苦笑する。

 引っ越しは、社員のモチベーションが上がる材料になったと田中社長は言う。旧本社は3フロアに分かれていたが、風通しがよくなった。「広いですし、社員同士も交流を深めている感じがします。営業の部長や管理部の距離感も明らかに縮まりました」。さらに、以前は直行直帰のエンジニアが会社に戻ることも多くなったという。社員同士の関係が密になり、社内イベントも増えた。

「今はフットサルをやったり、皇居ランをやったりとか、あと有志で休日にみんなで集まって勉強会をやってくれたりとか、そういう交流を積極的にやってくれているので、何か関係が近くなってきていいなと思っています。前はすごくドライというか、割り切った関係だった気がしますね。本社に対する愛着も今よりなかったと思います」と、愛社精神も育まれている。

 そして、採用にもプラスになった。「採用は格段に違いますね。オフィス移転の影響と、会社として前向きに進んでいくっていうところの期待値で、人を取りやすくなりました。今は似たようなビジネスの会社だったら、たぶん(採用競争で)勝てるかなと思っています」。採用システムも見直し、基準をクリアした新戦力を獲得できるようになった。22年度の新卒採用は有名大学を含む15人が入社する盛況ぶりだった。

 田中社長は、今後の目標について「2025年の7月がうちの50期になるんですよ。25億の売り上げを目指しています」と話す。

 数字だけではなく、社員の育成にも力を入れる。「うちのエンジニアにはいろんなスキルを身につけてもらいたい。ITスキルだけじゃなくて、対人スキルがうちの付加価値。ITスキルだったら〇〇社だけど、トータルで考えたら東海だよねって言われるような会社にしていきたいなと思っています。やはり日本はチームワークだと思うので、チームワークなら誰にも負けない会社、そして、かゆいところに手が届くようなエンジニアを目指してもらいたいなというのがあります。対人スキルの高い人材が増えていけば好循環が生まれるので、もっと人も取れるでしょうし、売り上げも伸びていくだろうなと思っています」と、続けた。

 ちなみに、新オフィスは競合が多かった物件だった。それでも契約できたのは、「前オフィスを40年使っていたことが信頼になった」という。我慢を重ねたこともむだではなかった。田中社長は、地に足をつけて、次なる飛躍のステージに向かっていく。

□田中亮宇(たなか・りょう) 1979年6月16日、東京・中野区出身。慶応大法学部卒後、大手監査法人に就職。大手コンサルティング会社に転職後、公認会計士として中小企業の経営コンサルに従事。2019年10月、仕事でつながりのあった東海ビジネスサービス入社。20年8月、社長に就任。外部からの経営トップ就任は同社の創業以来初。

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