【オヤジの仕事】息子3人名門大のアグネス・チャンさん「ファザコンとよく言われる」そのワケは?

歌手、ユニセフ・アジア親善大使、教育学博士として活躍するアグネス・チャンさん(64)。3人の息子を米国の名門・スタンフォード大学に入学させたことでも知られる。3月16日に「子供の一生を幸せにする24の食育術」(ぴあ)を出版したが、トップアイドルから知性派タレントへとステップアップする芸能人はそうはいない。アグネスさんが“かわいいだけのアイドル”で終わらなかったのは、亡くなった父・ヘンリーさん(享年56)の教えのおかげだという。アグネスさんに詳しい話を聞いた。

「父のおかげで勉強するようになった」と語るアグネス・チャンさん【写真:山田隆】
「父のおかげで勉強するようになった」と語るアグネス・チャンさん【写真:山田隆】

末娘のアグネスさんをとくに気にかけてくれた父

 歌手、ユニセフ・アジア親善大使、教育学博士として活躍するアグネス・チャンさん(64)。3人の息子を米国の名門・スタンフォード大学に入学させたことでも知られる。3月16日に「子供の一生を幸せにする24の食育術」(ぴあ)を出版したが、トップアイドルから知性派タレントへとステップアップする芸能人はそうはいない。アグネスさんが“かわいいだけのアイドル”で終わらなかったのは、亡くなった父・ヘンリーさん(享年56)の教えのおかげだという。アグネスさんに詳しい話を聞いた。

 父は香港生まれで、中国・貴州省出身の母と結婚し息子3人、娘3人が生まれました。私はそのうちの4番目で末娘。幼い頃、父は仕事から帰ると、必ず私を膝の上に乗せてくれました。お下がりばかり着ていたので、ある年の旧正月、私だけが新しい服がないと知ると、夜市に連れて行って、白いシャツと赤いスカートを買ってくれたこともありました。そんなふうに、特別、私を気にかけてかわいがってくれました。だから私はパパッ子でしたね。

 怒られた記憶はありません。父は子供を“こうあるべき”ではなく、丸ごと受け止めて、ありのままに愛してくれる人でした。たまの休日は家の中で子供とかくれんぼしたり、カードゲームでブリッジやポーカーをしたり、新聞の読み方を教えてくれたりもしました。寒い冬の日、教会からの帰りに子供が大好きなアイスクリームを食べさせてくれた思い出も。母は「身体が冷えるからダメ」と言うんですけど、父は「冬こそ食べないと。子供にとっては溶けにくくて、食べやすいんだから」って。後に教育学を学んでみると、父の接し方は子供の自己肯定感を高める教育理論の基本に合っているのだと知りました。

アイドル人気よりも一度、冷静になるよう留学を勧めた

 でも、私の芸能界入りには反対でした。14歳のときにスカウトされたのですが、学業が疎かになることを心配していたんです。それで、「テストで平均80点以上をキープできるなら」と難しい条件を出しました。私はそれまで80点なんてとったことがなかったのに! だから一生懸命がんばりました。父のおかげで勉強するようになったんです(笑)。

 香港で人気が出て、17歳で日本に来ましたが、急に忙しくなって自由がなくなったので、父は心配していました。私が売れるか売れないか、よりも、ちゃんと食べているか、寝ているか、友達はいるのか、って。そして、「まだ判断力のない子供なのだから、一度冷静になって考えないと、このままでは真の幸せは何なのかわからなくなる」と、大学を卒業するまで芸能活動を休んだほうがいい、と言ったんです。目の前のことに流されず、長い目でみた私の幸せを考えてくれたんですね。父の言葉に納得してカナダ留学を決めましたが、もう戻ってこられないと引退覚悟でした。

 留学中、父は胆石の手術の失敗で亡くなりました。まだ56歳と若く、「死にたくない」と言いながら亡くなったんです。私にとっても、無条件に愛してくれる人との死別は初めて。もう永遠に会えないんだと悲しくて悲しくて、すごく泣きました。もっと父といろんな話をしておけば良かった、と後悔しました。だから、私は息子たちとすごくよく話をしています。息子は3人とも今、シリコンバレーにいて、IT関係の仕事やエンジニアをしていますが、LINEで1時間以上話したりしています(笑)。私も息子たちにとって、無条件で愛してくれた父のような存在、困ったときには助言できるような親でいたいですね。

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