坂本龍一がNYから駆け付け「第1回大島渚賞」受賞監督・小田香を祝福

1977年から40年以上にわたり、国内外に自主映画を紹介してきた、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が新たに創設した映画賞「大島渚賞」の授賞式が3月19日、東京・丸の内の丸ビルホールで行われ、ハンガリーの巨匠タル・ベーラ監督の愛弟子として話題を呼び、「鉱 ARAGANE」、「セノーテ」と独自の映画言語で強靭な作品を生み出している小田香監督が栄冠に輝いた。

(左から)矢内 廣一般社団法人PFF理事長、坂本龍一氏、小田香監督、小山明子氏、黒沢清監督
(左から)矢内 廣一般社団法人PFF理事長、坂本龍一氏、小田香監督、小山明子氏、黒沢清監督

「大島渚賞」受賞の小田監督「大島さんの座右の銘を大切に」

 1977年から40年以上にわたり、国内外に自主映画を紹介してきた、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が新たに創設した映画賞「大島渚賞」の授賞式が3月19日、東京・丸の内の丸ビルホールで行われ、ハンガリーの巨匠タル・ベーラ監督の愛弟子として話題を呼び、「鉱 ARAGANE」、「セノーテ」と独自の映画言語で強靭な作品を生み出している小田香監督が栄冠に輝いた。

 大島渚賞は、PFFが映画の新しい才能を“発見”する「PFFアワード」、その才能を“育成”する「PFFスカラシップ」に続き、映画の未来を拓き、世界へ羽ばたこうとする、若くて新しい才能に対して贈られる賞。かつて、大島渚監督が高い志を持って世界に挑戦していったように、それに続く次世代の監督を、期待と称賛を込めて顕彰するもの。大島監督の代表作「戦場のメリークリスマス」に出演した審査員長の坂本龍一氏を始め、黒沢清監督、PFFディレクターの荒木啓子氏が審査した。

 小田監督は1987年大阪府生まれ。13年、「サタンタンゴ」「ニーチェの馬」で知られるベーラ監督が陣頭指揮する若手映画作家育成プログラム「film.factory」(3年間の映画制作博士課程)に第1期生として参加し、16年に同プログラムを修了。15年、ボスニアの炭鉱に入った長編デビュー作「鉱 ARAGANE」が大きな話題を呼んだ。最新作長編「セノーテ」は山形国際ドキュメンタリー映画祭、ロッテルダム国際映画祭でプレミア上映された。

 小田監督は、大島監督が座右銘とした「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない」の作者であるハンセン病の詩人、明石海人の記念館を訪れたことに触れ、「自らの命を燃やし、歌を読み、絵筆を持って、音楽を奏でたことを学びました。限られた時間の中で、不条理の中で生きた人間が己を燃やして、生きていく。生きるために表現せざるを得ない。自分が映画を作る上で困難に立ち向かうときには大島さんの座右の銘を思い出したい。そして、人生をかけて表現できているのかを確かめて生きていきたい」と力強く語った。

 新型コロナウイルスの影響で再入国できない可能性があるにも関わらず、米ニューヨークから駆けつけた審査委員長の坂本氏は「久々に大島さんの顔を見ましたが、いい顔ですね。この方に怒鳴られていたと思うと、いまさらながら怖いですね。今もあの時の感触が蘇ってきます(笑)。候補作の中には大島渚にふさわしい作品はなかった。それはそれで今の日本を象徴している。常に国家、歴史、国境に翻弄された人々を描き、常識に立ち向かってきた人にふさわしい人は誰かと考えた時に、小田香さんしかいないと思い、僕の方から推薦させていただいた。『鉱 ARAGANE』も素晴らしかったが、『セノーテ』はその何倍も素晴らしかった。みなさんに見て欲しい。次回作も楽しみにしている」と激賞していた。

「セノーテ」はメキシコ、ユカタン半島の北部に点在する洞窟内の泉神秘的で美しい水源の映像と、セノーテをめぐる歴史と記憶が交差していくドキュメンタリー。小田監督が自らダイビングを学び、水中撮影に挑んだ意欲作。6月に劇場公開予定。

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