20周年の元ちとせが振り返る歌い手人生 明るいだけじゃない世の中で伝えたいリアル

歌手デビュー20周年を迎えた元ちとせが、ニューアルバム「虹の麓」(=にじのふもと)をリリースした。オリジナルアルバムとしては実に14年ぶり。注目の若手からベテランまでさまざまなアーティスト、作家陣たちが手腕をつくした全11曲が収められている。先行配信された「えにしありて」には「縁ありて旅の空♪」という歌詞がある。まさに“縁(えにし)の旅”を20年続けてきた彼女の大切なものが詰め込まれているアルバムでもあり、今の元ちとせをひも解く作品でもある。

元ちとせ【写真:舛元清香】
元ちとせ【写真:舛元清香】

「これからの私の10年、20年を支えてくれる作品ができました」

 歌手デビュー20周年を迎えた元ちとせが、ニューアルバム「虹の麓」(=にじのふもと)をリリースした。オリジナルアルバムとしては実に14年ぶり。注目の若手からベテランまでさまざまなアーティスト、作家陣たちが手腕をつくした全11曲が収められている。先行配信された「えにしありて」には「縁ありて旅の空♪」という歌詞がある。まさに“縁(えにし)の旅”を20年続けてきた彼女の大切なものが詰め込まれているアルバムでもあり、今の元ちとせをひも解く作品でもある。(取材・文=福嶋剛)

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 私の20年を振り返ってみると山あり谷ありみたいなドラマチックな出来事はないんです。もちろん出会いも別れもありましたが。でも、歌い手として無理なく、背伸びせず、嘘なくというか(笑)。年齢を重ねながら常に自分と向き合って歩いてきたのかなって、そう思います。

 私は作家さんたちに作っていただいた曲を自分の歌声を通して表現していく人間なので、カバー曲もオリジナル曲も表現するという意味では大きな違いはないのですが、やっぱり20周年ですから私の声というフィルターを通して、皆さんに新鮮な音や風景を届けたいと思い、オリジナルアルバムを制作しました。

 2015年にリリースした「平和元年」も今回のオリジナルアルバム「虹の麓」に繋がっています。「平和元年」は戦後70年という節目に作りました。戦争を経験した人や、それを語り継いできた人たちがだんだんと少なくなってきて、戦争の恐ろしさや悲しさをリアルに伝えること自体が風化してしまう不安もあり、恐ろしい世の中が2度とやってこないように何かのきっかけになればという強い思いがありました。一方、戦争を知らない私が新しい歌に乗せて戦争に対する思いを歌うよりも実際に戦争を経験した人、受け継いできた思いが込められている曲を歌いたいと思い、そういった曲を集めたカバーアルバムを作りました。

 それから、時代はコロナ禍になり、会いたい人に簡単に会えないとか、当たり前だったことが当たり前じゃなくなってしまった日常を目の当たりにして、それ以前の何でもない日々が実は幸せでとても大切だったということを忘れちゃいけないっていう思いが強くなりました。

 いまやリモートで人と会えたり仕事ができるのも当たり前の時代になり、私も配信ライブをやりましたが、そうやって時代は変わっていくものなのかもしれません。けれど人と直接会うことの大切さや誰かが側にいることのありがたみといったこれまでの良かったものはこれからも残っていってほしいし、それは私だけが望んでいることじゃなくて、きっとほかにもそう思っている人はいるに違いない。

 震災や紛争、コロナ禍など、決して明るいだけじゃない世の中ですが、今回曲を書いてくださった作家さんたちからは、やっぱりそんな時代でも希望を見つけていきたいという強い思いやメッセージが伝わってきました。それは同時に私にとって希望の曲になりました。

今までとはちょっと違った歌声にも挑戦した【写真:舛元清香】
今までとはちょっと違った歌声にも挑戦した【写真:舛元清香】

子どもの頃の懐かしい思い出がよみがえってきた「虹の麓」

 折坂悠太さんにプロデュースしていただいた「暁の鐘」のデモが届いた時、折坂さんがメッセージを添えてくださったんですが、その中にあった「戦争や災害などで途絶えてしまったたくさんの未来の上に今がある」という言葉が強く心に残っています。反戦を声高に叫んだりするわけではなく、困難にぶつかっても立ち上がって歩かなきゃいけないという思いと、当たり前なことが当たり前であることへの感謝、身近な幸せが末長く続くように、そして平和への願い、祈り、そういったものをこのアルバムに込めました。そして誰かの心のお守りになるような作品になってほしい、そう思っています。

 アルバムタイトルにもなった「虹の麓」(=にじのふもと)という曲は、事務所の後輩の長澤知之くんに書いてもらいました。一見、可愛らしい曲なんですが、すごく強い意志を持った格好良い曲です。小さい頃、「虹の麓に宝物がある」という言い伝えを信じていて、虹が見えると「虹の麓に何があるんだろう? 本当に宝物はあるのかな?」と冒険心でよく探しに行こうとしていました(笑)。長澤くんの作ってくれた曲を聴いたら、そんなあの頃の無邪気だった自分を思い出しました。

 同じく事務所の後輩のさかいゆうくんに書いてもらった「KAMA KULA」という曲は「かまくら」という言葉がちょっとユニークですよね。ゆうくんが「南の風が北の大地に舞い込んだイメージで書きました」と説明をしてくれて、「なるほど!」ってすごく納得がいきました。そこで南の風を想像して、普段、ポップスのレコーディングでは個性が強いのでめったに弾くことはないんですが、三味線の音を入れてみることになりました。もうひとつ、途中で「ラーレンハイヤー ヤーレンサイヤー」というお囃子のような言葉が出てきますが、これはこの曲のために作った造語なんです(笑)。ゆうくんと2人で聞こえの良い言葉を探しながら入れてみました。ぜひ確認してみてください。

 実は私、「LITTLE CREATURES」のファンで、いつか青柳拓次さんに曲をお願いしてみたいと思っていたんですが、今回その思いが叶い「漣(さざなみ)の声」という曲を書いていただきました。曲が届いた時は本当にうれしかったです。そしてこの曲は、今までとはちょっと違った歌声で歌っているので、新鮮に聴こえるかもしれません。いろいろと試行錯誤をして、私にとってはまるで理科の実験みたいな(笑)。そんな歌入れでした。

 初めて楽曲提供していただいた「船を待つ」という曲はアルバムリリースに先駆けて先行配信されたのですでに聴いてくださった方もいらっしゃると思います。今回のアルバムの中で一番、歌のレコーディングに時間をかけた曲でした。坂本慎太郎さんの歌詞には独特の世界観があって、これまでの私にはなかったような表現が必要でした。言葉ひとつひとつを歌でどう表していこうか、スタッフとも意見を交わしながらレコーディングしました。そんな新しい自分を見つける作業はとっても新鮮でした。

 最後のシマ唄「ヨイスラ節」の歌詞は昔からおじいちゃん、おばあちゃんが孫に願いを込めながら言い聞かせたりしたような言葉で、「今日あったことが素晴らしかったと感謝しましょう」とか「いつも今日のような出会いに恵まれますように」という意味の歌なんです。2019年、前年にリリースした奄美シマ唄集の新録アルバムをリミックスした「元唄 幽玄 ~元ちとせ奄美シマ唄REMIX」という作品を作ったのですが、その時に今まで出会わなかったような方々にもシマ唄を届けることができました。このアルバムのテーマにとても合っているので、この唄を冥丁さんにリミックスしていただき、アルバムの締めくくりとしました。

近頃はボイストレーニングに励んでいる【写真:舛元清香】
近頃はボイストレーニングに励んでいる【写真:舛元清香】

奄美大島の世界自然遺産登録は自分たちの島を考える良い機会に

 ちょうど1年前の2021年、私の故郷・奄美大島は「世界自然遺産」に登録されました。最初に候補となった時、島の人たちは世界自然遺産に登録されることがどういうことなのかよくわからず戸惑うばかりでしたが、一度登録が見送られ、正式決定するまでの4年間は島の人たちがあらためて自分たちの島のことを考える機会になりました。さまざまな意見を交換して登録されるからにはどうするべきかを考えて、みんなで手を結んで島を守っていこうという気持ちが固まりました。

 私は歌で伝えていくことしかできませんが、これからもそんな大切な島を背負って責任をもって歌を届けていきたいと思います。また自由に旅ができるようになったら、ぜひ皆さんにも奄美大島を訪れてほしいです。自然はもちろんですが、奄美大島には魅力的な人がたくさんいるので、ぜひ島のひとたちと触れ合ってほしいですね。

 最近のマイブームはゴルフなんですが、奄美でのゴルフは気持ち良いですよ~(笑)。季節によってはゴルフをしながら向こうの海でクジラが飛び上がるのが見えたりします。

 20周年という節目で作ることができたこのアルバムは、これからの10年、20年を支えてくれるものになると確信しています。歌は地面のように私を立たせてくれる存在ですし、私にとっての未来への希望です。

 これから先もずっと歌っていくために、近頃はボイストレーニングに改めて取り組んでいます。年齢を重ねていく中で、どういうふうに体を使っていけばよいのかとか、今の自分をちゃんと知ることでよりしっかり歌に向き合えるよう、先生のもとでトレーニングに励んでいます。

 ここからまたしっかりこの地面を踏みしめて新しいアルバムとともに歩いていきます。そして、みなさんの元に新しい作品を届けにいきたいと思います。

□元ちとせ(はじめ・ちとせ)鹿児島奄美大島出身。2002年に「ワダツミの木」でデビュー。ボーカリストとしてさまざまなステージでその唯一無二の歌声と存在感を示している。2021年8月、奄美大島の世界遺産登録を記念して「トコトワ~奄美セレクションアルバム~」をリリース。2022年2月、奄美大島PRムービーのテーマソング「えにしありて」を配信リリース。7月、14年ぶりの5thアルバム「虹の麓」をリリース。7月17日に東京・duo MUSIC EXCHANGEで「Office Augusta 30th MUSIC BATON vol.8 元ちとせ~えにしありて~」、8月11日に埼玉県入間市産業文化センターにて「元ちとせコンサート2022 in 入間」を開催。9月25日、横浜赤レンガパーク特設ステージにて所属事務所の恒例イベント「Augusta Camp 2022 ~Office Augusta 30th Anniversary~」が2年ぶりの有観客で開催される。

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