なぜ東大卒の超エリート・結城真一郎は作家を選んだのか 「レールに乗っかるのは、何か面白くないなと」

ミステリー界の新星・結城真一郎氏(31)は、異色の経歴を持つ。開成中・高から東大法学部に進んだエリートながら、「世間がイメージするルート」からあえて外れて小説家の道へ。しかも、民間企業で働きながらコツコツと作品を発表してきた“サラリーマン作家”だ。秀才ではせた学生時代、会社員との両立を生かした執筆活動、ユニークな素顔に迫った。

気鋭のミステリー作家・結城真一郎氏の新作「#真相をお話しします」が話題だ【写真:ENCOUNT編集部】
気鋭のミステリー作家・結城真一郎氏の新作「#真相をお話しします」が話題だ【写真:ENCOUNT編集部】

開成の名物行事「運動会」を見て一気に魅了 東大ではビジネス交渉ゼミで話術磨く

 ミステリー界の新星・結城真一郎氏(31)は、異色の経歴を持つ。開成中・高から東大法学部に進んだエリートながら、「世間がイメージするルート」からあえて外れて小説家の道へ。しかも、民間企業で働きながらコツコツと作品を発表してきた“サラリーマン作家”だ。秀才ではせた学生時代、会社員との両立を生かした執筆活動、ユニークな素顔に迫った。(取材・文=吉原知也)

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 YouTuber、リモート飲み、マッチングアプリといった現代のモノやコトをトリックに取り入れた短編5話を収録した最新作「#真相をお話しします」(新潮社)。どんでん返しの巧みなプロットだけでなく、新しい価値観がもたらしたいまの時代ならではの“新しい動機”を描いたことも高く評価されている。

 全国屈指の中高一貫校・開成出身だ。教育熱心な両親の方針もあり、中学受験をすることに。当初は小学校の友達と同じ中学に行けないことが嫌だったというが、塾の授業の見学で知的好奇心を刺激され、開成の名物行事「運動会」を見て一気に魅了されたという。「頭でっかちで勉強ばかりという固定概念が覆る衝撃でした。中高合わせて全生徒がグラウンドに集まり、騎馬戦や棒倒しなど競技ごとに、負けたら人目もはばからず大泣きして、勝ったら狂喜乱舞。高校3年生が下級生の指導をして全員で取り組むのですが、その熱量と一体感にひかれました。純粋にかっこいい、自分もそこに混ざりたいと心の底から思いました」。

 中高生活を謳歌(おうか)し、そして東大へ。最高学府を目指したのは「消極的な理由が大きい」というから驚きだ。「あまり主体的にこれをやりたいというものはなく、みんなが目指す東大に向けて、波に乗っていけばいいやという感覚でした。それが正直なところです」

 それでも、現役での受験は「多過ぎる情報に踊らされ、いろいろな参考書に手を出す勉強になって」失敗した。浪人時代は軌道修正を図り、東大の入試問題の“傾向と対策”を徹底。「朝起きてすぐはなるべく思考を使う数学などをやって、寝る前は記憶を定着させる暗記もの、歴史や英単語をやりました」。自ら見いだした勉強法で、1浪で合格を遂げた。

 東大では、得意のおしゃべりをパワーアップ。ビジネス交渉を学ぶゼミで話術を磨いた。「企業の代理人を想定して、事案発生時に契約書を基にどちらの企業に責任があるかを競い合うディベートです。大学対抗の全国大会にも出ました。自分たちの代で優勝しようとみんなで頑張って、自分ははったりをかまして(笑)、3年生の時に優勝しました」。大学時代のバイトを今回の作品にも取り入れている。「『惨者面談』で書いた、中学受験向け家庭教師仲介ビジネスは、まさに大学時代に自分がやっていました。家庭教師を付けようかどうか迷っている家庭に家庭教師の必要性を説きに行くという。実体験なんです」と教えてくれた。

 具体的に作家を目指すきっかけになったのは、東大法学部在学中に「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を取ってデビューした、辻堂ゆめ氏の存在が大きいという。「同学年だけに衝撃を受けました。自分は昔から漠然と作家になりたいとか、いずれなってやると言っていたのですが、具体的な行動は全く起こしていませんでした。『何やってたんだ、俺は』と打ちのめされて」。一方で卒業間近の時期で進路に悩んだといい、「実際に社会に出て働くことでしか出会わない人がいて、経験できないことがあって、何か理不尽なことであっても創作に生きるだろうなという予感があったので、いったん就職してインプットしつつ作家デビューできればという方向を考えました」。社会人経験を積むことを選択したのだ。

中学の卒業文集の自作小説は「バトル・ロワイアル」のパロディー

 学歴から見れば、法曹界や官僚にまっしぐらのエリートそのもの。ところが、どこかしっくりこなかったという。「開成、東大とくればそっちに行くのは自然でしょう、と周りからは見られますが、世間がイメージするルートやレールに乗っかるのは、何か面白くないなと。それに東大に入ると、そういう道に進む先輩が無数にいるのですが、それゆえに、その道に進むと大体こんな感じだろうなというのがおぼろげながらも見えちゃうんです。ベルトコンベアのように感じ、そこから外れることができるのなら外れたい。その思いに、自分が昔から憧れていた小説家はうまくかみ合うのかなと思いました。まあでも、今は今で、片輪が勤めている会社に乗っかっちゃってるんですけど(笑)」

 働きながら作品を書いては地道に投稿を続け、2019年、28歳の時にデビュー。今も兼業を続けている。「土日や仕事終わりに書いていますが、一番のデメリットは時間的制約と体力消耗」。メリットは日々の会社員生活そのものだ。「集団や組織に身を置いていると、自分の意に沿わない指示が飛んできたり、自分が興味を持たない部署への辞令が出ることもありますよね。でも、働いていなければ出会わなかったであろう世界に、強制的に出会う機会がある。その意味では、作家としてはプラスに捉えています。自分の世界が広がることで、創作の一助になると思っています」という。それに、通勤ではもちろん満員電車を経験。外回りの時は車の中でサボることもしたという“サラリーマンあるある”が実体験としてある。「サラリーマンの悲哀みたいなものでしょうか。それをどこまで作品に入れるかは別としても、そういった世間の方と同じ経験、共通言語を持っているのはプラスに思っています」。

 作家の原点として大事にしているのが、中学の卒業文集の自作小説だ。原稿用紙600枚の意欲作は、サッカー部の実在の同級生たちをモデルに、高校への進学権利の1席を巡って校舎内で殺し合うという内容だ。「『バトル・ロワイアル』のパロディーを書いたのですが、すごく反響が良くて。保護者の皆さんも読んでくれて、『誰々君のあの身をていして仲間を守るシーンは泣けた』とか『うちの子がこれでは解せない』とか、いろいろな意見や感想を自分の親から伝え聞いて。皆さんに楽しんでもらえたんだと。何か自分が書いたもので、他人の心が動くことを強く感じて。1つの原体験になっています」と実感を込める。

 専業作家になる選択肢もある。将来をどう見据えているのか。「明確に考えてはいませんが、現時点では自分の実力を含めて考慮すると、兼業の方が創作にはプラスだと思っています。一歩一歩着実に、自分が納得のいくクオリティーを出せるよう頑張っていきたいです」。サラリーマン経験をフルに生かした、次なる作品が待ち遠しい。

□結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)、1991年、神奈川県生まれ。2018年に「名もなき星の哀歌」で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し19年にデビュー。21年、「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。同賞の受賞は平成生まれ(平成3年)としては初となった。特技はサッカーで、高校時代は俊足の大型FWとして活躍。

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