浅香唯、超多忙なアイドル時代にバハマで1か月 大ヒット曲「C-Girl」撮影秘話

1980年代を代表するアイドルとして活躍した浅香唯の代表作がデビュー記念日の6月21日に一挙にストリーミング&デジタルダウンロード配信が解禁された。あどけない表情が印象的な37年前のデビュー作「夏少女」から常夏の海をバックに小麦色の肌がまぶしい「C-Girl」など、当時を知る世代にとっては楽曲とジャケット写真は切っても切れない親密な関係だ。そこで「サブスク&ダウンロード配信解禁」を記念して、浅香本人にジャケット写真の撮影秘話や80年代の思い出について語ってもらった。

浅香唯の楽曲がサブスク解禁された【写真:荒川祐史】
浅香唯の楽曲がサブスク解禁された【写真:荒川祐史】

まぶしすぎて目が開かなかったデビュー曲の撮影

 1980年代を代表するアイドルとして活躍した浅香唯の代表作がデビュー記念日の6月21日に一挙にストリーミング&デジタルダウンロード配信が解禁された。あどけない表情が印象的な37年前のデビュー作「夏少女」から常夏の海をバックに小麦色の肌がまぶしい「C-Girl」など、当時を知る世代にとっては楽曲とジャケット写真は切っても切れない親密な関係だ。そこで「サブスク&ダウンロード配信解禁」を記念して、浅香本人にジャケット写真の撮影秘話や80年代の思い出について語ってもらった。(取材・文=福嶋剛)

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――ようやく唯さんの代表曲がサブスク&ダウンロード配信が解禁となり、当時の楽曲が手軽に聴けるようになりました。

「本当にようやくって感じですね。当時からのファンのみなさんはレコードやCDを持っていらっしゃる方も多いと思いますが、今回うれしかったのは浅香唯を知らない若い世代のみなさんに聴いていただけるチャンスができたというのは大きなことかもしれません。だって今の若い人たちってきっとCDプレーヤーを持ってない人が多いですよね?」

――そう思います。リアルタイムの私たちでさえスマホで聴くことが主流になりました。

「そういった世代の人たちに素晴らしい作詞家さんや作曲家さんに作っていただいた曲をご紹介できるのはうれしいです」

――楽曲とともにジャケット写真の思い出もたくさんあると思います。

「そうですね。本当にたくさん撮影をしてきましたから」

――デビューシングルの「夏少女」(85年6月21日発売)のジャケット写真は、あどけなさが全開です。

「あの頃はアイドルの皆さんのデビュー曲ってほぼすっぴんな感じが多かったですよね。だいたい15、16歳ぐらいですから、ありのままの姿を出していこうという狙いがあったのかもしれませんよね。私の場合は、白いサマードレスを着て撮っていただいたんですが、目を開けられないくらい正面の太陽がまぶしくて(笑)。目をつぶったままカメラマンさんが『3、2、1、ハイ!』って言ったら思い切り目を開いてその瞬間を撮ってもらったんです。今では笑い話ですけど、もうちょっと目を開いた写真はなかったのかなって(笑)」

――目だけじゃなくて口元もまぶしい! って感じが出ている表情です(笑)。

「アハハ(笑)。もしかしたらあえてあの表情を狙ったのかもしれませんね」

――セカンドシングルの「ふたりのMoon River」(85年9月)は一転してこれぞ浅香唯という元気な笑顔が印象的です。

「これはよく覚えています。スタッフさんに『次はどこで撮りたい?』って聞かれて、東京に来て1番行きたい場所だった原宿をリクエストしたんです。今はなくなりましたが、原宿駅の交差点に大きな歩道橋があって、その辺りが1番いいから撮りましょうって。

 それで撮影前に当時青山にあった『EIKO』というジーンズショップに衣装を買いに行きました。そこでスタッフさんに撮影で着たい服を自由に選んでいいと言われてテンションもさらに上がりましたね。好きな服を着て好きな場所で撮った1枚だったのでうれしさが表情ににじみ出ていますよね(笑)」

――3枚目の「ヤッパシ…H!」(86年1月)以降は“これぞアイドル”という表情の写真が続きます。

「思い出しますね。いつも時間がなくて、どんどんシャッターを切ってもらって知らない間に出来上がっていたという感じでした」

――「ヤッパシ…H!」はジャケットよりも曲名のインパクトがありました。

「当時は松田聖子さんや中森明菜さんを目指せといわれて王道のアイドル路線を進んでいたんですが、本人はいたってのほほんとしていて(笑)。そしたらディレクターさんが、私のちょっとユニークなところに気付いて、コミカルな路線も同時に出していこうって思ったみたいです。だから当時は『唯ちゃん』じゃなくて『浅香ちゃん』て面白キャラみたいに呼ばれていました」

スケバン刑事からのイメチェンを図った「C-Girl」

――4枚目の「コンプレックスBANZAI!!」(86年5月)もユニークなタイトルです。この頃からさまざまなCMにも出演されて、思い出も多いと思います。

「ヨーグルトやゼリーのCMは朝から晩まで何カットも撮影するので、たくさん口に運ぶんですけど、普通はみなさん全部食べないみたいなんです。でも私は本当に大好きだったので前日からお腹を空かせて全部食べました(笑)。おいしい新商品を独り占めできてCMの撮影ってこんなに満たされるんだって思いました。

 パソコンのCMでは監督さんに突然『自由に踊ってみて』ってリクエストされました。今までダンスなんてやったことがないし、振り付けもないし、どうしようって。それでダンスというより思い切って体を動かしただけで(笑)。振り返ると笑える思い出もたくさんありますね」

――そして「C-Girl」(88年4月)は化粧品のCM効果もあり大ヒットしました。

「ドラマ『スケバン刑事III』(86~87年)の風間唯のイメージをガラッと変えようということで、ちょうど化粧品のタイアップもあったので、この時は制作スタッフさんがコマーシャル用のコスメ系のチームとガラッと替わったんです。カワイイよりも内面からキレイを目指そうといってなんと1か月間もバハマに滞在することになったんです」

――1か月もバハマに?

「私は日本食が好きだったので最初は『早く帰りたい』って思っていたんですが、当時は驚異的なスケジュールで雑誌の撮影で海外に出かけたときも、“日帰りサイパン”みたいな(笑)。着いたらものすごい数のメディアの撮影が次から次へとあって何を撮られたのかさっぱり分からない状態で気が付いたら帰りの飛行機の中っていう。

 だからバハマでは日没で仕事が終わったので、『え? もうお仕事終わってもいいの?』ってめちゃくちゃ開放感もあって久しぶりにリラックスした時間をもらいました。何年分ていうくらい睡眠をたっぷり取りましたね(笑)」

――ジャケット写真の笑顔や当時のCMの笑顔は心からの笑顔だったんですね?

「はい。まさに“心からのリラックス”と楽しい思い出が詰まった写真ですね」

□浅香唯(あさか・ゆい)1985年6月21日、シングル「夏少女」で歌手デビュー。キャッチフレーズは“フェニックスから来た少女”。86年、フジテレビ系連続テレビドラマ「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」で主役の風間唯でブレークを果たし、その後、「虹のDreamer」、「C-Girl」、「セシル」、「TRUE LOVE」と4曲ものヒットチャート1位を連発。80年代を代表するアイドルとして活躍。22年6月21日、ハミングバード(現ワーナーミュージック)時代の全シングルとアルバムのサブスク&ダウンロード配信を解禁。9月3日に「Billboard Live OSAKA」で9月11日に「Billboard Live YOKOHAMA」でライブを開催。2022年6月21日午後8時より浅香唯インスタライブを開催。

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