「永遠のライバル」ジャンボ鶴田さんに届け 引退試合に臨む72歳タイガー戸口の想い
“魔性の虎”タイガー戸口が「ジャンボ鶴田23回忌追善興行」(5月31日、東京・後楽園ホール)で54年のレスラー人生に幕を下ろす。
毎週金曜日午後8時更新「柴田惣一のプロレスワンダーランド」【連載vol.86】
“魔性の虎”タイガー戸口が「ジャンボ鶴田23回忌追善興行」(5月31日、東京・後楽園ホール)で54年のレスラー人生に幕を下ろす。
引退試合の対戦カードは未定だが、鶴田と近かった選手の参戦が次々と決まっており「俺こそが(鶴田の)最大のライバル」と自負する戸口のラストマッチに相応しい組み合わせが実現するはず。
197センチ、125キロだった鶴田と192センチ、125キロの戸口。それぞれの師と組んだジャイアント馬場、鶴田組VS大木金太郎、戸口組のインターナショナルタッグ選手権、そしてUN王座を巡る王者・鶴田と挑戦者・戸口の抗争は、1970年代後半から80年代前半の日本マット界を沸かせている。
2度のUN戦は60分時間切れ引き分け、78年9月の一戦は5分の延長戦も闘い抜いている。2人は巨漢でありながら、テクニシャン。ともに米マットでも活躍しており、ド迫力の豪快な試合は「これぞ本場のプロレス」とファンをうならせた。いまだに名勝負と語り草である。
若手時代からお互いを知る、まさにライバルだった2人。鶴田が「絶対エース」と呼ばれる前「若大将」時代から、プロレスを語り合う同志でもあった。鶴田がデビューして2年目の74年に、米修行中の鶴田とテキサス州サンアントニオのバトルロイヤルで初対戦している。
「そのころは、さすがにまだまだだったけど、若いときからプロレス頭があった。後々彼が間違いなく最強になる、という感触はあった。彼はバスケットからアマレス、俺はバスケットから柔道と経験していたけど、運動能力と地の力がすごかった。本当に天才だった」と戸口は感慨深げに振り返る。
鶴田が亡くなって22年。「今でも、また戦いたい」と遠い目をしたが、戸口自身は72歳になっても意気軒高。体型も維持し、現役レスラーとして踏ん張っている。そのレスラー人生は波乱万丈だ。