芥川賞作家・羽田圭介「2022年は大作を書くしかない」 作家として追い求める信念とは
「ちゃんと寝られて、街を歩いて楽しければそれで十分」
携帯にはメモ帳の「ToDoリスト」に常時6、7個の項目が書いてあるという。年明けで、何かを新しく始めたいと思う人も多いだろう。新しいことへの挑戦で見えるものは何か。
「自分による自分への見方が変わることがあります。僕はこれだけいろいろな初体験をやって、今も続けていることなんて2つ3つしかない。でも見方や考え方が変わることもあるわけです。『パーソナルカラー診断』をやったとき、コーディネーターの方に似合う色を教えてもらったのに、カラフルな服を買わず、結局後日、真っ黒な革ジャンを買ったんです。その体験では、自分が色へのこだわりがないのではなく、こだわりが強いことが分かりました。自分が思っていた自分とは違いました。自分の感性や性格が把握できる、そういうことが初体験からもたらされると思います」
最近もToDoリストから英会話を受けに行って実感したことがあるそうだ。
「体験レッスンに1回行って比較・検討するつもりが、2軒目以降の体験を行うのをやめてしまったんです。英語よりも先に時間を費やしたほうがいいことがあると思いました。つまり、気付きです。それはやんなきゃ分からない。気になったことはさっさとやっちゃえばいい。自分の中にある『あれもこれもやらなければならない』という強迫観念を削っていくことにもつながりますから。それに、生涯続けるものに出会えるかは運の要素が強い。ずっと好きなものに出会うためには、何かをやってみないと分からないし、始まらないです」
新型コロナウイルス禍の閉塞感に包まれた社会。30代、40代は健康面・経済面でも現実的な不安を抱え始める時期だ。生き方について伝えたいメッセージがあるという。
「ちゃんと寝られて、街を歩いて楽しければそれで十分じゃないの、と。それ以外のことは脳内の幻想なのではないかという感じはあります。結局、不安は実態がないものです。睡眠は大事。友達と話していると、激務でめちゃくちゃ給料が高い人は、睡眠時間が取れなくて大変そうです。一方で、お金はなくても時間がある人は幸せそうです。結局、お金より時間。その中でも寝る時間を確保すること。寝る前にどうでもいいことでスマホをいじるのはやめたいですよね」
ずばり聞いた。作家として追い求める理想像はあるのか。
「何かすごい長編大作を書かなければならないと、頑固に思ってきました。ただ、そういうのだってここ30年以内のはやりの考え方かもしれないわけです。例えば明治や昭和前期の文豪は、短編の名手も多く、そんなには長編を書いていません。こうでなければならないことはないのかな。最近はそう思っています。それでも、ずっと語り継がれる長編を書きたいとは思っています」
その“いつか”はやって来るのか。2022年の目標を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「2021年は小説2冊とエッセイ1冊、文庫本も1冊。ようやくたまっていたものが全部出ました。だから2022年は大作を書くしかないですよね。その具体的な目標しかないです。いま資料を読んで構想中です」
□羽田圭介(はだ・けいすけ)1985年、東京都生まれ。明治大商学部卒業。2003年、「黒冷水」で第40回文藝賞受賞。15年、「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞した。他の著書に、「成功者 K」「ポルシェ太郎」「Phantom」「滅私」など。2021年11月26日にルポエッセイ「三十代の初体験」(主婦と生活社)を刊行した。