宗教の信者・元信者100人以上に取材 川村元気さんが描く“信じる、信じない”の最適解
フィルムメイカー、小説家の川村元気さん(42)の新作小説「神曲」(新潮社)は、神や信仰といった普遍的なテーマに、不信が渦巻く現代社会の状況をクロスさせて描いた意欲作。タイトルも同じ、14世紀のイタリアの詩人、ダンテの代表作「神曲」がモチーフになっている。そして、「小説家として『第一章 完』という感じ」と位置付けた作品。執筆の思いを聞いた。
新作小説「神曲」で通り魔事件で息子を亡くした一家の運命を描く
フィルムメイカー、小説家の川村元気さん(42)の新作小説「神曲」(新潮社)は、神や信仰といった普遍的なテーマに、不信が渦巻く現代社会の状況をクロスさせて描いた意欲作。タイトルも同じ、14世紀のイタリアの詩人、ダンテの代表作「神曲」がモチーフになっている。そして、「小説家として『第一章 完』という感じ」と位置付けた作品。執筆の思いを聞いた。(取材・文=倉野武)
「僕が小説を書くときは、時代や世界の気分を物語にしたい。最近、コロナのせいもあり、インターネット、国、会社、そして家族の中にまで“不信”が侵食してきている。不信が日常にまん延している一方で、占いやパワースポットめぐり、スピリチュアルなど目に見えない力への依存度が上がっている。見えないウイルスにもこの1、2年、どれだけ振り回されてきたか。そうした『信じる、信じない』ということの矛盾が今の世間の気分じゃないかとテーマに選んだ」
古い一軒家で小鳥店を営む檀野三知男と妻、響子、娘の中学生、花音(かのん)の一家。小学生の息子、奏汰を通り魔に刺殺されて数か月、家族は心を通わせることなく、それぞれ悲嘆にくれていた。ある日、店に新興宗教「永遠(とわ)の声」の信者が訪れ、響子に「息子さんのために、歌わせてください」と言う。やがて響子は熱心な信者となり、花音もそんな母親に従うが…。
「神を信じられない父親、信じ切った母親、その間で揺れる娘…。家族の中でも信じているものが違う、家族の中のわかりあえなさ、それはなぜかと。この小説を書くために宗教の信者、元信者100人以上に取材した。何かを信じることがどういうことか。たとえば、新興宗教に家族を乗っ取られた男が、その宗教と戦う話を書こうと思った。でも、取材をすると、かなりの人が自分も入信しちゃうという。なぜだろう、その“なぜ”を書いていくと物語になる」
その後、永遠の声の活動で青森のりんご園で働く響子と花音の前に、謎の青年、隼太郎が現れる。隼太郎は「神様を信じること」をめぐり花音に議論を仕掛けてくる。
「僕自身、信じられないことばかりですよ。今、信じるに値することがほとんど見当たらない。だからみんな、疑うこと、検証することばかりやっているけど、それはそれですごく気持ち悪い。何かを信じないということは緩やかな地獄への道をたどっているだけ。信じ切っちゃうことの危なさはあっても、何も信じないでいることは不幸。“信じる、信じない”の最適解はなんだろうという思いで書いた」
三知男、響子、花音それぞれの視点から描く3章構成は、地獄編、煉獄(れんごく)編、天国編と3つの世界をめぐるダンテの「神曲」とシンクロし、「3つ描くことで立体的に何かの真理にたどり着けるのかなと」。
物語は通り魔事件で始まり、衝撃のクライマックスへ。そして……。
結論について、川村さんは「一つの結末を用意して書き始めた」が、書きながらさらに答えを求めた結果、「自分も予期していなかった強烈な気付きがあった。神の正体を突き詰めていくときに、そういうところに着地したかと。でも、自分の中ではものすごく腑に落ちた」と納得。
「最後にたどり着いた」という表紙デザインは、黒い雷雲から太陽の光が漏れている写真。「人間の心の中、社会はこういうもので、複雑なものだと思う。絶対、ピーカンのような心模様はないのに、何でも白黒つけようとするからいさかいになる。本作で『人間は複雑な信仰を持ちうる』というセリフがありますが、その複雑さみたいなものを僕は美しいと思う」。