商売人としても大成功 のりを売る熱血プロレスラーの魅力を分析してみた

まぶしいほど真っ白いコスチュームに身を包み、のりを売り歩く「白い吟遊格闘海苔商人」大和ヒロシ。2006年に全日本プロレスに入門し、翌年メキシコでデビューしている。08年に帰国して日本デビュー。その後、Wー1を経て、18年にフリーとなり、小気味いい情熱的な一直線ファイトを披露し、多くの団体で大暴れしている。

真っ白いコスチュームで海苔を売る大和ヒロシ【写真:柴田惣一】
真っ白いコスチュームで海苔を売る大和ヒロシ【写真:柴田惣一】

垣間見えた好青年の一面 若手時代のエピソード

 まぶしいほど真っ白いコスチュームに身を包み、のりを売り歩く「白い吟遊格闘海苔商人」大和ヒロシ。2006年に全日本プロレスに入門し、翌年メキシコでデビューしている。08年に帰国して日本デビュー。その後、Wー1を経て、18年にフリーとなり、小気味いい情熱的な一直線ファイトを披露し、多くの団体で大暴れしている。

 大和が活躍するのはリング上だけではない。試合会場や公式通販サイトで、出身地・千葉県君津市のオリジナル上総のりを販売している。君津市は上総のりの養殖の発祥地で、江戸時代後期、この地からのり養殖が各地に広まったという。大和が売るのりもとてもおいしいと人気を博している。上々の売り上げを誇り、最近では「闘う海苔商人」としても知られている。

 真っ白な出で立ちそのままに、実直で礼儀正しい男だが、実際こんなことがあった。

 デビューして間もない全日本の若手だった頃、控室前で先輩選手の関係者に「あなたは昭和のアイドルみたいだから、ローラースケートを履いて入場したらいいんじゃない?」などと提案され「わぁ~面白いですね。でもローラースケートって結構難しいですよね。できるかな…」と、和やかに雑談していた。

 ところが、試合を終えたベテラン選手の取材が近くで始まり、話は中断。実はその直前に、別の若手が、控室をガードしようとするあまり、(先輩選手の関係者に)いささか失礼な態度を取っていた。少しばかり険悪な空気となっていたが、大和との談笑でその場の空気は一変し、和やかな空間になっていた。

 しかもその後、小走りで駆け寄ってきた大和は「さっきは話が途中になってしまって、すいませんでした。貴重なご意見ありがとうございました。参考にさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします」と、礼儀正しく頭を下げてあいさつしたのだ。

 これには驚いた。ピリピリとした同僚選手の姿勢に、自分がフォローしなければと思ったのだろうが、とっさにできることではない。大和の人間性のたまものだ。10年以上も前のことだが、その関係者は今でも「大和ヒロシさんは礼儀正しい好青年でしたね」と褒めている。

大好きな女性を生涯の伴侶に 教員免許も所持

 大和はきっとプロレスラーである前に人間である、と思っているのだろう。礼儀正しさと誠実さがあったればこそののりの販売であり、商売人としての成功だろう。

 マット界に限らず「あいさつとお礼はくどいほどしなさい」と、口を酸っぱくしていう先輩や関係者が少なくなったような気がする現代。助言を、うるさいと思うかありがたいと受け取るかで、その後の人生は大きく変わる。

 最後に助けてくれるのは、お金でも物でもなく「人」だ。世の中のことはすべて「人」が動かしている。大和はそれを、ちゃんと理解している。

 自ら入場テーマ曲「ノリノリ海苔のリノベーション」を歌い上げながら、花道を進んでくる。その歌唱力には定評があり、ものまねも得意。教員免許、パーソナルトレーナーなど、多くの資格も持っている才人でもある。

 私生活でも「好きで好きでしょうがない」と恋いこがれていた女性と結婚し、幸せを実感しているからか、とても温和な感じがする。

 公私ともに充実しているというのは本当に素晴らしいこと。普通はどちらか片方、あるいは両方うまく行かない人も多いこの世の中。大和の明るさや前向きさが、さらに福を呼んでいるように思う。先が見えない暗いご時世。大和の明るさを見習いたい。

 レスラーとしても、もうひと花もふた花も咲かせてくれることだろう。努力と根性の人、大和ならできる。

「海苔でノリノリだぜ!」

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