ドット絵を現実世界に―科学デザイナーが抱く「世の中の解像度を下げる」挑戦とは
科学デザイナーとして活動開始 「身につけられる科学」を具現化していく
――最初はどのような活動をされていたのですか?
「7年前は単純なことで、化学構造式をバッチやマスキングテープにしたり、教科書に書いてあることをそのまま作品にしたりしていました。当時は科学好きをアピールできるような『科学の商品』というものが世の中にほとんどなかった。科学を簡単に身につけられるものにしたい、『身につけられる科学』という思いで始めました」
――大学院の中で、ものりさんと同じように「科学と美術」を結びつけている方はいましたか?
「自分の周りにはいなかったです。完全に変人扱いでしたね(笑)。研究では化学構造式なんて当たり前に仕事で使っているものなので、『そんなものが売れるわけないでしょ』って感じでした。反響があって僕も驚いています」
磨き方や形を追求した「スペクトラムキューブ」 ドット絵と科学を融合した「ピクセルミラー」
――人気商品の「スペクトラムキューブ」と「ピクセルミラー」は、どんなきっかけで思いついたのですか?
「『スペクトラムキューブ』は6年前に作りました。これは当時の大学院の先輩とのコラボレーションでもあります。プリズムという、光を分解してくれるガラスがあるんですが、これは学校の理科室にも置いてあります。(一般人にとって)プリズムは、『理科室の中だけの経験』です。でも僕らは、プリズムは単純にキレイだし、科学の中だけで利用しなくてもいいんじゃないかと思ったんです。研磨して加工し、形を変えて『身につける形』にしたら面白いんじゃないかと。
また、世の中には廃棄されるプリズムもたくさんあります。プロジェクターや実験などに使用されるプリズムは精度が高くないといけないので、ちょっとでも傷がつくとすぐに廃棄されちゃう。もったいないし環境的ではないので、何かに応用したら一石二鳥だなと思いました」
――「スペクトラムキューブ」はとても美しい光を放っていますが、磨き方や削り方で輝きが変わってきますよね? 研磨会社には綿密に指示しているのでしょうか?
「ここはもう、何年も時間をかけました。『これが一番いいんじゃないか』っていう形や磨き方を追求しています。非常に難しい内容をお頼みするので、プリズムのようなガラスを磨いてもらうには交渉も必要で。4年前に、山梨県にある研磨会社の『依田貴石』さんに出会ったんです。依田貴石さんは唯一断られなかった会社で、僕のようなどこぞの馬の骨の声にも真摯(しんし)に応えてくださいました」
――ものりさんのこだわりを形にしてくれる研磨会社と出会えたのですね。
「依田貴石さんに出会うまでに時間がかかりました。プリズム加工や透明度、磨きだけでなく、上のパーツとの接着も、どうやってうまく透明度を保って接着できるか、まさに見えない努力を集めて制作しています」
――「ピクセルミラー」はのぞき込んだ風景をドット絵に変えてくれますが、なぜ制作しようと思ったのですか?
「もともと約6年前から、『Pixel Art Park』というドット絵のイベントを開催しています。ファミコンや昔のパソコンのような、カクカクした『ドット絵』だけを集めていて、今は出展者が70~80組。老若男女来てくれます。ドット絵って昔のコンピューターや懐かしいゲームの中のものと先行しがちですが、ファミコン世代ではない、ドット絵を知らない小さい子たちも『かわいい』と言ってくれるんです。これってすごく新しいなと。
僕ももともとゲームが好きで、ドット絵のデザインにも興味がありました。でも『ドット絵と科学』って自分の中では別物で、なんとか2つをつなげられないのかなと思ったんです。そういう思いで、今年4月に『ピクセルミラー』を発表しました」
――これも「科学と美術」が融合したものですね。
「見る風景をドット絵に変えられるアイテムについては、ずっと構想していたんですけど、どうやってやろうかと思っていました。でも依田貴石さんに出会って、『これでやっとできるな!』と」
――技術を持つ研磨会社と出会えたからこそ、実現できたのですね。