祖父に緒形拳さん、父に緒形直人…3世・緒形りょうが歩む芸能生活「自分自身で生きていきたい」

華々しい芸能一家に生まれた21歳が両親と同じ舞台で頭角を現そうとしている。父に緒形直人、母に仙道敦子、さらには祖父に緒形拳さん、兄は緒形敦と絵に描いたような芸能一家。2021年に3世タレントとして華々しく芸能活動をスタートした緒形りょうがそのきっかけや家族への思いなど、等身大の姿を語ってくれた。

これまでの生い立ちについて語った緒形りょう【写真:荒川祐史】
これまでの生い立ちについて語った緒形りょう【写真:荒川祐史】

父・緒形直人からもらったアドバイス「否定を気にしたらキリがない」

 華々しい芸能一家に生まれた21歳が両親と同じ舞台で頭角を現そうとしている。父に緒形直人、母に仙道敦子、さらには祖父に緒形拳さん、兄は緒形敦と絵に描いたような芸能一家。2021年に3世タレントとして華々しく芸能活動をスタートした緒形りょうがそのきっかけや家族への思いなど、等身大の姿を語ってくれた。(取材・文=中村彰洋)

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――芸能界入りしたきっかけを教えて下さい。

「きっかけは小学生の頃に見たディズニーチャンネルです。そこで海外ドラマをずっと見ていて、エンターテインメントの世界にすごいひかれて、自分もやりたいと思いました」

――中学3年生から高校3年生までアメリカで留学しています。勇気ある決断ですね。

「日本とアメリカの学校での先生や友だちとの距離の差を感じたときに、アメリカのドラマへの憧れもあり、そこで『海外に行くしかない!』と。中学3年生というタイミングで単身で行きました。アメリカではアートスクールに通って、ダンスやファッションを学びました」

――帰国したのは治療のためとお聞きました。

「側弯症という病気だったのですが、あまりにもひどく背骨が曲がっていたので、これはおじいちゃんになったときに影響が出てしまうと。だったら早い内に手術したほうが良いのかなと思いました。今は完治しています。多分それがなければ、アメリカに残って大学にも通っていたと思います」

――手術後もアメリカへ戻らず、日本に残った理由はありますか。

「すでに兄が芸能活動を始めていて、僕も負けていられるか! って。日本で自分を発信していきたい、どんどんエンターテインメントの世界に染まっていきたいと思ったのがきっかけです」

――日本に戻られてからはどのようなことをされていたのでしょうか。

「『Numero TOKYO』編集長の田中杏子さんに直接インスタグラムでDMを送って、アシスタントをやらせていただきました。ほかには『UPS(アップス)』(俳優養成所)に通いました。奈良橋陽子さんというハリウッド映画のキャスティングディレクターを務める方がいらっしゃって、英語の芝居などを学ばせていただきました。当時は、自分自身をあまり好きじゃなかったのですが、奈良橋さんに相談したら『もっと自分を愛しなさい』と言われました。『そしたら演技にもつながってくるよ。ネガティブなことやコンプレックスだと思うことも強みにしなさい』と。ありがたかったですね」

――インスタでは特徴的なイラストなども投稿していますね。

「絵は、独学でやっています。昔から、父がアートが好きだったので、そこは父の影響かなと思います。祖父もアートが好きで家に絵が飾ってあったので、そういう絵を見て、伝わってくるパワーだったり、強さを幼少期から感じていました。今は、iPadを使ったりして、自分の思うがままに描いているので、今後何かにつながったら良いなと思っています」

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