【ズバリ!近況】日本人初の2大会連続金メダリスト・上武洋次郎さんが明かす偉業を達成できた理由

1964年東京五輪と68年メキシコ五輪で獲得した2個の金メダル【写真提供:邑楽町役場】
1964年東京五輪と68年メキシコ五輪で獲得した2個の金メダル【写真提供:邑楽町役場】

吉田沙保里や伊調馨は「すごく立派なレスリングをしていました」

 今回の東京五輪のレスリングについては。
「今の選手のことはよく分かりませんが、ずっと女子は強いですね。吉田沙保里さんや伊調馨さんなどはすごく立派なレスリングをしていましたね。男子も見習わないと、と思いました。でも、女子も競争相手が強くなっています。そんな中、日本の女子選手が勝ち抜けるか、一つの興味です。男子は世界が強い。グレコローマンの文田健一郎選手(8月2日銀メダル獲得)、フリースタイル高橋侑希選手ら期待できる選手もいます。頑張ってほしい。

 僕はレスリングを始めた時から最終目標を五輪出場にしました。目標が高かったので、いろいろな誘惑に負けなかった。みんなが遊びに行っても僕は練習をしていました。目標のない人生ってつまらないものだと思います。その最終目標に向け、小さな努力目標を立てる。僕はそれがうまかったような気がします。大きな努力目標というのは、それだけだと目標が高いから時々挫折感を味わうこともある。でも、例えば関東大会に勝つといった小さい目標を立てれば、かなり成功率高いので次のステップに弾みがつく。そのようにして最終目標に向かうことが大事だと、振り返って思います」

 その結果が五輪の2連覇ということである。その時の2つの金メダルは生まれ、ふるさとの邑楽郡邑楽町にある。

「高校の先輩の町長に『洋次郎、メダルどうしている?』と聞かれた。『うちにしまってある』と答えると、『しまっておいても仕方ないだろう』とおっしゃる。『全くその通りなんですよ』と答えると、『ならば町政40周年記念式典の時、町に寄付して贈呈式をやらないか』と。持っていても仕方がないので、『どこかに飾って邑楽町の青少年のために役立てて下さい』と寄贈しました」

□上武洋次郎(うえたけ・ようじろう)、1943年1月12日、群馬県邑楽郡邑楽町生まれ。現姓:小幡。県立館林高校を卒業後、早稲田大学入学。オクラホマ州立大卒。レスリング57キロ級で東京五輪(1964年)、メキシコ五輪(68年)で連覇。ミュンヘン五輪(72年)でコーチ、モントリオール五輪(76年)で監督を務めた。「ニューミヤコホテル」(足利本館・別館、館林)社長、会長を経て、現在相談役。米国レスリング協会殿堂入り(80年)、国際レスリング連盟殿堂入り(2005年)、オクラホマ州スポーツ殿堂入り(15年)、早稲田大学スポーツ功労者(15年)。

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