【欧州車紀行・北仏6】モン・サン=ミシェルから第二次大戦の舞台となったバイユーへ
北フランス、ノルマンディーへ、フォード・C-MAX君との車旅2日目。9月20日。まだ9月半ばだというのに、ノルマンディーの夜は遅く、夜明けも遅い。朝は7時でも真っ暗で、7時半ごろから下の方からようやく明るくなり始め、8時になって全体が白み始めて一気に朝がやってくる。ホテルの部屋のベランダから真っすぐに見えるモン・サン=ミシェルは光の中にかすんで見えた。
ホテルの部屋から見るモン・サン=ミシェル
北フランス、ノルマンディーへ、フォード・C-MAX君との車旅2日目。9月20日。まだ9月半ばだというのに、ノルマンディーの夜は遅く、夜明けも遅い。朝は7時でも真っ暗で、7時半頃から下の方からようやく明るくなり始め、8時になって全体が白み始めて一気に朝がやってくる。ホテルの部屋のベランダから真っすぐに見えるモン・サン=ミシェルは光の中にかすんで見えた。
連れ合いがモン・サン=ミシェルを正面左側から見たいというので、午前9時前にはホテルを出て移動し、モン・サン=ミシェルと周辺の風景を写真撮影することにする。年明けすぐに、百貨店での個展がある連れ合いのゆっちゃんにとってはそれが仕事だ。
ホテルの駐車代は前日、ゲートで出て来たチケットを計器に挿入して現金で清算する方法だった。2日分で9ユーロ、約1100円。
ホテルが建つエリアは、その左に入り江に注ぐ幅20、30メートルのクエノン川があり、この川を渡らないと左の湿地帯、牧草地帯に行くことができない。ホテルのゲートを出て車を右へ走らせ橋を渡ると、民家が立ち並び、路地を進むと農地が海まで広がっていた。さらに車1台しか通れない道幅の中を進むと干潟とトウモロコシ畑を隔てる小高い道が続いていた。手前では大きなユンボ(パワーショベル)が作業を始めていて、工事中を知らせる赤い印がついたゲートもあったが、これを通らないと海には近づけない……。ゲートは空いているのでそのまま進む。
「こんなことがドイツでもあったわね」
ゆっちゃんが思い出したのは2009年のドイツ旅行だ。アウトバーン(高速道路)を飛ばしていたときに、一面ひまわり畑が広がる山を見て、突然「あそこに行ってみたい」と言うので、次に高速道路を降りられるところからゆっちゃんの希望する目的地方面へと向かってみた。すると、途中から畑の中の一本道になってしまった。それと似た感じなのだ。そのときは運が悪いことに、前日までの大雨で道路が川で寸断され、行き止まりになっていた。仕方なく、細い畑の中の道をバックで戻ることになった。あのトホホなドライブ、大変だった。
車でスイスイとは進んで行けない。ゆっちゃんは車を降りた。
「私は歩くから、あとから車でゆっくり追いかけてきて」
まさに何の変哲もない田舎の土手道なのだが、モン・サン=ミシェルを左から遠く眺めることはできた。ゆっちゃんは歩いて先へ行き、1人しゃがみ込んだり立ち上がったりしてカメラのシャッターを切るのに夢中になっている。果たして、これはどんな絵になるか、必死の撮影は報われるだろうか?
一本道の先にやや幅のある場所があったので、何度も切り返して方向を変え、来た道を引き返した。帰り際、ユンボの作業員はけげんな表情でこちらを見ていた。