【ズバリ!近況】「トイレの神様」植村花菜は家族で米国から一時帰国し実家滞在 1人息子もおばあちゃん大好き
ニューヨークで学びたいことがある!
ニューヨークを拠点にしているのは、ニューヨークで学びたいことがたくさんあったからです。「トイレの神様」をリリースした翌11年の夏、NHKのドキュメンタリー番組でカントリーミュージックの聖地、テネシー州ナッシュビルを訪れました。当時28歳だった私は漠然と、20代のうちに何か今までやったことのない新しいことにチャレンジしないと、一生続くシンガーソングライター人生の中で、いつか越えられない大きな壁にぶつかるのではないか、と悩んでいました。
そんな中、その旅で日米の文化の違いに触れ、今まで自分の中にはなかった新たな考え方に出会い、衝撃を受けました。米国ではまず「自分が何をしたいのか、どう思っているのか」ということがとても重要です。自分の気持ちをすごく大事にするんです。それまでの私は何よりも家族が大事で「自分のためより家族のため」と思ってずっと生きてきたけれど、「誰かを大切にしたいなら、まず自分のことを大切にすることが大事なんだ!」と気が付いたんです。そして翌12年の春にもう一度米国を、今度は1人で2か月間旅をして、「今すぐニューヨークへ引っ越してさまざまな文化や言葉の奥深さを勉強すべきだ!」と確信しました。
1人旅から帰国後、年内にも米国へ引っ越したかったので、日本でのお仕事を全て辞めようと事務所やレコード会社の方にお話ししたのですが、「デビューして5年間苦労して、やっと良い環境でお仕事させてもらえてるんだから、もう少し日本で頑張ってみてもいいんじゃない?」と言っていただき、確かにそうだなと思い直しました。3年後にはデビュー10周年を迎えられる。今まで応援してくださったファンの方たちやスタッフのみなさんに恩返しをしたいと思い、それまでは日本で頑張ることにしました。そして、15~16年の10周年イヤーを終えた後、日本での活動に区切りを付けて渡米しました。
失敗も苦労も音楽になる!
渡米の1年前には長男が生まれたので、周りからは「英語もできないし、収入もなくなるし、赤ちゃんもいるのに大変じゃない?」と心配されました。でも、行きたい気持ちが強く、今ここでやりたいことを諦めたら、将来、それを息子が生まれたせいにしてしまうのではないか、それは息子にとって絶対に良くない! と思い、初志貫徹で渡米しました。“失敗は成功の元”だといいますが、私は失敗から学ぶことにはとても価値があると思っているので、失敗することは怖くありません。だから、たとえ米国での活動が思い通りに行かなかったとしても、さまざまな苦労が待ち受けていたとしても、それは全て自分の糧になり音楽になるから、心配することは何もありませんでした。
子供にとっても、グローバルな環境で育つことが将来的に良い影響があるのではないかと思いました。私はあまり“子どもを育てている”という感覚がなくて、息子はまだ小さいけれど一緒に暮らしてる1人の“人”で、勝手に育っているというか(笑)。自分が子どもに何かを教えるより、子どもから気付かせてもらうこと――自分の許容範囲の狭さや考え方の癖など――がたくさんあって、私のほうが人として成長させてもらうことばかりです。