超売れっ子音楽Pの背中を押した2人の直木賞作家の言葉「あなたは小説を書く人だ」

音楽業界の内幕を描いた初の小説「永遠の仮眠」(新潮社刊)を書き下ろした超売れっ子音楽プロデューサーの松尾潔さん(53)。その背中を押したのは、2人の直木賞作家の言葉だった。6年がかりの著書では東日本大震災、新型コロナウイルス禍で感じたことは? 後編では、小説に込めた思いを語る。

小説に込めた思いを語る松尾潔さん【写真:山口比佐夫】
小説に込めた思いを語る松尾潔さん【写真:山口比佐夫】

松尾潔さんが初の小説「永遠の仮眠」、音楽PとドラマPの対立が軸

 音楽業界の内幕を描いた初の小説「永遠の仮眠」(新潮社刊)を書き下ろした超売れっ子音楽プロデューサーの松尾潔さん(53)。その背中を押したのは、2人の直木賞作家の言葉だった。6年がかりの著書では東日本大震災、新型コロナウイルス禍で感じたことは? 後編では、小説に込めた思いを語る。(取材・文=平辻哲也)

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 藤田宜永さんとの出会いから十数年後の2013年、もうひとりの直木賞作家と出会う。10年に「ほかならぬ人へ」で第142回直木賞を受賞した白石一文さんだ。「同郷で、同じ大学出身。一方的に親しみを感じていたんです。ある時、彼のツイッターの写真で、知り合いの新潮社の編集者を見つけました。彼女に白石作品を愛読していますよとメールで告げたところ、『そんなに白石さんがお好きなら、一度会いませんか』と言うんです」。

 初対面の白石さんも、酒の席で藤田さんと同じことを言った。「あなたは小説を書く人だ」と。「藤田さんの時とは、僕自身も変わっていたのかもしれません」。さらに、小説が書けない理由を話しても、白石さんはその理由を一つ一つ論破していく。(1)取材する時間がない → 今いる音楽の世界を書けばいい。この世界は取材したくても、取材できないし、松尾氏ほど入り込んでいる人はいないから。(2)締め切りがないと書けない → 編集担当者が締め切りを設定すればいい、(3)作家デビューが遅い → 若くして書いた人よりも深い経験を持っている、といった具合だった。

 この言葉に押されて重い腰を上げ、15年に執筆をスタート。「40代半ばも越えて、今度はこのきっかけを逃してはいけないと思ったんです」。物語はドラマの主題歌をめぐって、音楽プロデューサーの主人公とドラマプロデューサーの対立が軸になっている。「これと近い体験をしたことがあります。当時はその人をなかなか認められなかったけれども、今なら分かる部分もあるな、と。もちろん、モデルは1人ではなく、何人かを投影させています。出版社の方には描写がリアルと言われましたが、僕が所属する事務所の社長は『随分、きれいに書きましたね』って(笑)」

 かつて一世を風靡し、今はスランプ状態のシンガーには特定モデルはいない。「ただ、僕の音楽の活動をご存じの方なら想像されるであろうアーティストたちのイメージは、自然に織り込まれています。平井堅、CHEMISTRY、EXILE、そういった人たちと過ごしたいろんな場面を思い出しながら書きました。白石さんが言う通り、その時その時では意識していなかったにせよ、結果として取材になっていたのかなと気づきました」。

 しかし、執筆は思うようには進まなかった。「ゆっくり慎重に書き始めたのに、ある瞬間にスイッチが入ったように筆が乗ることがありました。でもそれを素直に喜べず、このままでは音楽の仕事に戻れなくなるとおじけづいて、執筆を止めたり。今度は気分が変わって、ゼロから書き直したり。この作品を書き終えてもいないのに、そのスピンオフとなる中編を先に書き上げましたし、短編もいくつか『小説新潮』で発表させてもらいました。自分の気まぐれな性分を思い知りましたよ(笑)」と振り返る。

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