自粛要請も“昼飲み”密集 ルポ「東京大歓楽街」上野再訪 客「もういっか、て感じ」
やったもん勝ちな緊急事態下の居酒屋営業「うちだって可能なら夜8時過ぎも営業したいよ」
同21分。JR上野駅広小路口前の上野マルイの電光掲示板を見上げると気温は「17度」と表示されていた。薄曇りで風もなく春の陽気だ。近くの上野公園に着くと寒桜が開花しており、散歩客がうれしそうにスマホで写真に収めていた。陽気に誘われて外出する人がいくぶん増えてきたように見える。世界規模で展開するコーヒーチェーン店はほぼ満席で、注文待ちの客が15人ほど屋外で列を作っていた。客のマスク着用率はざっと見たところ6割ほどか。「緊急事態」という言葉が遠くのことのように響く……。
居酒屋に話を戻そう。上野アメ横ガード下界隈は酒好きにとっては有名なスポットで、東京・北区の赤羽とともに「昼飲み二大聖地」と呼ばれている。「お天道様が高いうちから楽しむ酒は最高にうまい」が合言葉。下町のノスタルジーに浸りながら昼飲みを楽しむ「コト消費」自体は決して非難される行動ではないが、昼飲み居酒屋が急増したのはここ数年のこと、と証言するのは近くの商店主だ。「2、3年前から昼から営業している居酒屋が増えて……。あそこのお店は以前はカレー屋さんだった。客で混雑しているからコロナが風に乗ってこっちに飛んで来ないか、ちょっと怖いですね」。繁盛店の近くに同じ業態の店を出すと認知されやすいと言われており、まさにこのエリアはその典型例だ。
筆者は前日の15日夜にもこの界隈を訪れ周辺の様子を見て回った。先週8日は、複数の人気居酒屋が午後8時以降も営業していたが、15日夜は午後8時に一斉閉店。しかし、ここから少し離れた路地の居酒屋は午後8時以降も相変わらず営業を続けており店内は酔客でごった返していた。年齢層は30代から70代くらいで、カップル以外は圧倒的に男性が多かった。
外出自粛要請、時短要請が出ているなか、午後8時を過ぎても営業を続ける店が出てしまうのはどうしてなのか。近くの飲食店主はこう話す。「まさにその時短要請のせいです。どういうことかというと、向こうの人気居酒屋が午後8時で閉店するようになったので、飲み足りない客や午後8時以降にこの街にやって来た客が、深夜まで開いている店に集まってしまうのです。組合が時短を要請しても強制力はない。まさにやったもん勝ち」。そしてこう続けた。「うちだって可能なら夜8時過ぎも営業したいよ」。
ただ、連日午後8時以降も営業を続ける居酒屋を16日昼過ぎに訪れると、人気居酒屋店とは対照的に客はまばら。唯一男性4人組が屋外のテーブルで生ビールを飲んでいた。狭い路地に入ると40人ほど入れそうな居酒屋には客が1人もいなかった。人気居酒屋が密集する一部エリアのにぎわいは続いているものの、上野駅の午後の人出は感染拡大前と比べ3~4割ほど減っているといい、影響はこの一帯にも及んでいるようだ。上野に詳しい都市研究者は「昼飲み客を狙って昼から店を開けてもコロナの影響で日中の客が少なくなっているので午後8時以降も営業しないと採算に響くのかもしれません。これもコロナ自粛の反動のひとつです」と推測する。
日本でも新型コロナウイルスの新たな変異種が検出され、2月の感染爆発を危惧する悲痛な声が出ている。夜だけ自粛すればいいという話ではないはずなのに……。いったい誰の情報やメッセージをよりどころとすればいいのか。アメ横を歩いていると土産物店の店先に吊るされたTシャツが目に入った。胸のところにこう書かれていた。「酒しか信じない」――。昼夜この街に群がってくる人々の本音を言い当てているような気がした。