バブル後期時代を思い出す「クリスマス・エクスプレスCM」“待望論”がやまない理由
CM好感度調査を独占 いまだに多くの人がこのCMに反応する理由とは
ここで参考としてCM総合研究所(東京・内幸町)が当時行ったCM好感度調査を振り返ってみたい。同シリーズの各CMは89年12月度総合2位(牧瀬里穂出演)、90年12月度総合1位(高橋理奈出演)、91年12月度総合1位(溝渕美保出演)、92年12月度総合1位(吉本多香美出演)、2000年12月度総合2位(星野真里、深津絵里、牧瀬里穂出演)と上位を独占しており圧倒的な人気を集めていたことが分かる(88年はデータなし)。
年月は流れ、2020年になった今でも、SNS上ではこれらの動画を見て往年を懐かしむ声が続々と書き込まれている。「今でも心に響く」「夢のあった時代」「何度聴いても涙が出てくる」……。コメントを読むたびに「クリスマス・エクスプレス」シリーズの影響力を実感する。自主制作されたオマージュ動画も発表されており、こちらにも同様のコメントが並んでいる。人々の記憶から消え去ってもおかしくない時間が過ぎ去ったのに、いまだに多くの人がこのCMに反応する理由とは何だろうか。
同研究所広報部は「新幹線の便利さをアピールするのではなく新幹線にまつわる恋人同士のドラマを描いているため、CMそのものに押しつけがましさがない。それが何度も見たくなる理由の1つかもしれません」と分析する。一方、同シリーズを手掛けたCMプランナーの三浦武彦氏は自著の中でこう述べている。「クリスマス・エクスプレスを企画した時の『時代の気分』は『国全体を包み込む大きな不安』でした」「メッセージは『こんな夜は、一番大切な人のそばにいて安心したい』でした」(※3)。当時の日本列島はバブル経済に沸き返ったが、地価や住宅が高騰し格差拡大が深刻化するなど好景気にあっても人々の不安は募っていった。
今まさに世界は未曽有の不安に直撃されている。新型コロナウイルス禍において苦しいのは会いたい人に会えない、ことだ。例えケータイを自由に使えたとしても。専門家は「誰かと<つながる>ことは、自分の“居場所”があるという感覚をもたらしてくれる」と指摘する(※4)。このつながりの感覚がコロナによって寸断され奪われてしまった。だからなおさら「クリスマス・エクスプレス」シリーズのキャッチフレーズが胸に刺さる。「どうしてもあなたに会いたい夜があります」(90年)、「あなたが会いたい人も、きっとあなたに会いたい」(91年)、「会えなかった時間を今夜取り戻したいのです」(92年)、「何世紀になっても会おうね」(2000年)。人に会える/会えた喜びを知るからこそ、人に会えない悲しみが募るのだ。
SNSでは「もう一度キャンペーンして」「令和バージョン作って」など「クリスマス・エクスプレス」の20年ぶりの復活を望む声も目立つ。会いたい人に会えないという強いもどかしさに苦しんでいる多くの人たちにとって、このCMは希望の光となっているのかもしれない。
JR東海の広報担当者は筆者の取材に「現時点では今年の放映の予定はありません」との回答を寄せた。
□鄭孝俊
全国紙、スポーツ紙を経て現在「ENCOUNT」記者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍中。専門は異文化コミュニケーション論、メディア論。成蹊大学文学部ゲスト講師、ARC東京日本語学校大学院進学クラスゲスト講師などを歴任。
(※1)羽渕一代(2014)「メディア利用にみる恋愛・ネットワーク・家族形成」松田美佐・土橋臣吾・辻泉(編)『ケータイの2000年代 成熟するモバイル社会』東京大学出版会(149-169頁)
(※2)谷本奈穂(2014)「ポピュラー音楽の歌詞における携帯電話の意味」中村隆志(編著)『恋愛ドラマとケータイ』青弓社(191-222頁)
(※3)三浦武彦・早川和良(2009)『クリスマス・エクスプレスの頃』日経BP出版センター(101頁)
(※4)田所承己(2014)「<つながる/つながらない>に対する基礎的視点」長田攻一・田所承己(編)『<つながる/つながらない>の社会学-個人化する時代のコミュニティのかたち』弘文堂(13頁)