【オヤジの仕事】はなわさんの生真面目な父は「佐賀県」ヒットで佐賀県知事に土下座した

2003年、CDデビューシングル「佐賀県」でブレイクし、同年のNHK紅白歌合戦に出場し全国区の顔になったはなわさん(43)。今年は映画「翔んで埼玉」の主題歌「埼玉県のうた」が話題になっている。2年前には義父を歌った「お義父さん」や同名の小説も好評を得たが、実の父・輝美さんはどんな人なのか。

2019年は映画「翔んで埼玉」の主題歌「埼玉県のうた」がヒット【写真:山口比佐夫】
2019年は映画「翔んで埼玉」の主題歌「埼玉県のうた」がヒット【写真:山口比佐夫】

大手商社で経理をしていた

 2003年、CDデビューシングル「佐賀県」でブレイクし、同年のNHK紅白歌合戦に出場し全国区の顔になったはなわさん(43)。今年は映画「翔んで埼玉」の主題歌「埼玉県のうた」が話題になっている。2年前には義父を歌った「お義父さん」や同名の小説も好評を得たが、実の父・輝美さんはどんな人なのか。

 オヤジは無口で超真面目な人。父親(はなわさんの祖父)が戦死したので若い頃は経済的に苦労した、と聞いたことがあります。水戸商業高校で優秀な成績をおさめて大手商社に就職し、会社では経理をやっていたとか。細かいことが得意で、キッチリした性格でした。でも、子どもに口やかましく説教したり、家でキリキリしたりしていた印象はありません。ひどく怒られたり、ケンカになったりしたこともないし、殴られたこともありません。

 基本は放任主義で、子育ては母親まかせ。反抗期のときなんてほとんど会話しなくて、ボクは親の言うことを一切聞かなかったから、オヤジも「触れたら危ない」「信じるしかない」ぐらいに思ってたかもしれません。高校時代にタバコを吸ってても何も言わなかった。かわりに、それまで1本もタバコを吸ったことがないオフクロが、リビングで突然吸い始め、「おまえがやめないから私が吸う」なんて言い出して(笑)。こりゃマズイと思って、「わかった、オレもやめるからオフクロもやめてくれ」なんてやり取りをした記憶があります。

無口だが信じて見守ってくれた優しい父【写真提供:株式会社ケイダッシュステージ】
無口だが信じて見守ってくれた優しい父【写真提供:株式会社ケイダッシュステージ】

生真面目な父が反面教師だった

 酒は少し飲むけどタバコはやらず、食べるものも「胃下垂だから」と控え目で、とても痩せている。毎日決まって朝7時頃に家を出て、夜遅く疲れて帰ってきて、休日は家でゴロゴロ。テレビで野球とかお笑い番組とか見ていたような記憶もないし、ボクは学生の頃、「オヤジは何が面白くて生きているんだろう」とずっと思っていましたね。

 そんなオヤジが反面教師になって、ボクは子どもの頃からサラリーマンにだけはなりたくない、と思って、芸人にあこがれていました。とくに反対されませんでしたよ。どうせ続かないだろう、と思っていたんでしょう。ボクは男3兄弟のなかでも一番ヤンチャだったんで、“将来は大学を出て一流企業に入ってほしい”なんて、そもそも考えてなかったと思います。

単身上京したはなわさんの部屋に泊まりに

 ボクはともかく、オヤジに似て真面目な2歳下の弟(お笑いコンビ“ナイツ”の塙宣之)が「芸人になる」と言い出したときは、「何とかおまえから言ってやめさせられないか」と相談されました。「厳しい世界だから、普通の会社員になってほしい」と。結局、ボクも弟も芸能界に入って、兄弟のなかで兄貴だけがオヤジのように会社員になりました。

 そういえば、ボクのことも心配はしてくれてたんだな、と思ったことがあります。ボクは佐賀で高校を卒業した後、上京してお笑いの専門学校に進んだのですが、オヤジが東京出張のときに「泊まるホテルが見つからない」と言って、わざわざボクの中野富士見町駅から徒歩5分の共同便所、共同シャワーの狭いアパートに泊まりに来たんです。東京で泊まるホテルがない、なんてことがあるはずないですよね(笑)。

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