「金持ちになるためじゃない」 海外移籍より日本を選んだ英国人クリス・ブルックス…DDTで貫く“プロレスへの愛”

2019年6月、イギリスからDDTにやってきたクリス・ブルックスは、11月3日に両国国技館で行われる『Ultimate Party 2026』で、現王者のMAOから同王座を奪い三度目の戴冠を目指している。しかも両国は2023年5月にクリスが初戴冠を果たした場所。クリスへのインタビュー後編は、日本でプロレス生活を続けること、そして王者になった後に見据えていることを中心に聞いた。

FANTÔMES DRAMATICを率いるクリス・ブルックス【写真:(C)DDTプロレスリング】
FANTÔMES DRAMATICを率いるクリス・ブルックス【写真:(C)DDTプロレスリング】

DDTは自分のやりたいことをやらせてくれる唯一の団体

 2019年6月、イギリスからDDTにやってきたクリス・ブルックスは、11月3日に両国国技館で行われる『Ultimate Party 2026』で、現王者のMAOから同王座を奪い三度目の戴冠を目指している。しかも両国は2023年5月にクリスが初戴冠を果たした場所。クリスへのインタビュー後編は、日本でプロレス生活を続けること、そして王者になった後に見据えていることを中心に聞いた。(取材・文=橋場了吾、通訳:Mr.HAKU)

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 クリス・ブルックスが3度目の戴冠を目指す、KO-D無差別級王座。クリスが同王座を初戴冠した場所も、今回の王座戦の舞台である両国国技館だ。

「その年の『KING OF DDT』で優勝し勢いのある状態だったんですが、肩を脱臼してしまい、王座戦当日の朝もまだ肩を回せなかったり、物を持ち上げられなかったりする状態でした。腕や肩に力が入らず、非常に不安を抱えたままの試合だったからこそ、終わったときにはホッとしました。もちろん愛着のある会場なのですが、そのときの不安だった記憶も呼び戻されるので、甘くて苦いというか、どの会場よりも複雑な心境になりますね。(3度目の王座戴冠については)チャンピオンというものが、以前は未知のまま飛び込んでいったので不安や慎重になる気持ちがありましたが、今は『チャンピオンになることが何を意味するのか』を理解しているので、心穏やかに挑戦者として試合に臨めると思います」

 DDTでこれだけの活躍をし、新日本プロレスの東京ドーム大会にも出場しているクリスだけに、海外からの移籍のオファーもたくさん来ているように思うが……。

「DDTは、私のやりたいことを自由に行える唯一の場所です。世界中を見渡しても、ほかのどこの団体よりも。私は自分のショー(下北沢で定期的に開催している『BAKA GAIJIN + FRIENDS』)を運営し、ほかのプロレス団体でも試合を行い、その合間にあらゆる活動を自由に行えるという恩恵を受け取っています。私にとって、プロレスの中で最も大切にしていることは、金銭や名声といったものではなく、プロレスそのものです。

 19年前、金持ちになるためにプロレスラーになったわけではありません。プロレスが好きで、プロレスをしたかったから……その当時の、私のマインドセットは今も全く変わっていません。今でもプロレスを楽しんでいますし、自分がやりたいプロレスをしたい。それができるのが、DDTなんです。あるSNSの投稿によると、私はすでに今年140試合をこなしていて、今最もアクティブなレスラーの25人にランクインしていましたよ」

日本での生活、そして今後を語ったクリス・ブルックス【写真:橋場了吾】
日本での生活、そして今後を語ったクリス・ブルックス【写真:橋場了吾】

日本のプロレスを見て情熱が再燃…日本でプロレスをしたいという思いが叶うとは

 DDTに初来日を果たしてから7年、今はすっかり日本の生活にも慣れたクリスだが、デビュー当時はこんなに長く日本で生活することになるとは想像していなかったのではないか。

「それはもちろん。でも、ずっと日本でプロレスをしたいとは思っていました。私は16歳でデビューしましたが、プロレスを見始めたのはまだ10歳になる前でした。アメリカのメジャー団体のプロレスには飽きてしまって。それからインディー団体を見たり、日本の試合が見られるようになったりして、プロレスリング・ノアの2005年の東京ドーム大会が初めて見た日本のプロレスですね。三沢光晴 vs 川田利明、小橋建太 vs 佐々木健介、KENTA vs 金丸義信……それからインターネットの掲示板を通じて、日本のインディー団体を見つけたことで、プロレスへの情熱が再燃したんです。そのため、ずっと日本に訪れたいという思いは強かったのですが、まさかそれが叶うとは思っていませんでした」

 その日本の生活の中で、がんに冒されたこともあった。

「がんと診断されてから、12月で3年が無事経過することになります。再発のリスクは、最初の2年間が最も高いと言われていて、それを超えると『クリア』になると言われていますが、再発の可能性がないとされるのはおよそ5年後ですね。もう大丈夫とは言い切れないのですが、現時点では特に問題はありません。最初の2年間は3か月ごとに定期検診をしていて、そのときは3か月先までしか考えられませんでした。なので、その先の未来を想像することができなかったのですが、今は逆に過去の記憶が浮かぶこともなく、指摘されなければ思い出すことすらありません」

 MAOとの決戦は間もなくゴングとなるが、クリスが3度目の戴冠を果たしたときにはどのような景色を描こうとしているのだろうか。

「変わったことをやりたいですね。前にチャンピオンだったときに、下北沢でヨシヒコとタイトルマッチをしたかったんですけど、ダメだと言われたので、BKG無差別級王座(BAKA GAIJIN + FRIENDSの最高峰王座)を作りました。そしてタイやシンガポールでタイトルマッチがしたいですね。海外との門戸を開いて、挑戦しやすい環境を作っていく。それが、チャンピオンとしての大きな意義・役割だと思っています」

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