映画で被災者を勇気づけられるのか 大地震から10年…再び被災した熊本での映画祭で行定勲監督が伝えたいこと
2016年4月の熊本地震から10年。復興への歩みを続けてきた熊本を、今年7月28日、再び大きな地震が襲った。そんな中、10月9~11日に熊本市で「くまもと復興映画祭2026」が開催された。行定勲監督がディレクターを務め、永瀬正敏、岩井俊二監督、高良健吾、三上博史、伊藤歩、のん、井浦新ら多彩な映画人が集結した。10年という節目に、再び地震に見舞われた熊本で映画を上映することには、どんな意味があるのだろうか。

高良健吾「なくてもいい意味を持ってしまった」…熊本地震10年「くまもと復興映画祭2026」に映画人が集結
2016年4月の熊本地震から10年。復興への歩みを続けてきた熊本を、今年7月28日、再び大きな地震が襲った。そんな中、10月9~11日に熊本市で「くまもと復興映画祭2026」が開催された。行定勲監督がディレクターを務め、永瀬正敏、岩井俊二監督、高良健吾、三上博史、伊藤歩、のん、井浦新ら多彩な映画人が集結した。10年という節目に、再び地震に見舞われた熊本で映画を上映することには、どんな意味があるのだろうか。(取材・文=平辻哲也)
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前夜祭で、高良が語った言葉が印象に残っている。
「復興映画祭というのはその年だけだと思っていたら、行定さんが『復興は1年で終わらないから、復興映画祭っていう名前を続けていこう』と。それで10年たって、この10年の節目だからこそ、いろんなことを考えていたんですけど、また今回地震があったことで、なくてもいい意味を持ってしまった」
復興映画祭が、再び大きな意味を持ってしまった。何とも言葉にならない。
映画祭のルーツは、熊本県菊池市で開かれていた「菊池映画祭」にある。行定監督は同映画祭のディレクターを務め、16年には高良や橋本愛ら熊本ゆかりの俳優が出演した中編映画『うつくしいひと』を製作。同年3月の上映から約1か月後、熊本地震が発生した。
震災後、熊本市の大西一史市長から映画で熊本を盛り上げてほしいとの要請を受け、17年に「くまもと復興映画祭」が誕生。第1回には熊本城二の丸広場に約1万人が集まった。
今回の前夜祭では、その『うつくしいひと』が熊本市中心部の花畑広場で上映された。スクリーンに映し出されたのは、震災前の熊本城や街並み。行定監督は、作品の中には今では失われた風景もあるが、映画を見ると思い出すことができると語った。
熊本の魅力を伝えるために作られた映画が、失われた風景を記録した作品にもなったのだ。
その意味を考えさせられたのが、同作に出演した八代市出身の俳優・米村亮太朗の言葉だった。7月の地震で実家が被災し、8月は復旧作業に追われたという。
「昔ながらの繁華街が軒並み被害を受けてしまい、自分の中にずっとあった風景がなくなってしまって、まだ受け止められていません」
自分の中にずっとあった風景がなくなる。重い言葉だ。建物が修復され、街が再建されても、失われた風景が元通りになるわけではない。映画の中にはかつての熊本の街並みが残されているが、今年の地震でもまた、多くの人が慣れ親しんだ風景を失った。その現実を突きつけられた思いがした。
10日に上映された岩井俊二監督の『スワロウテイル 4Kリマスター』は、1996年の公開から30年を経てよみがえった作品だ。岩井監督は三上博史、伊藤歩、当時助監督だった行定監督と登壇し、撮影当時を振り返った。
宮城県出身の岩井監督は、自身も地震と向き合いながら育った経験に触れ、自然災害に向き合う中で人類が新たな知恵を生み出してきたことを語った。
困難な経験が新たな創作につながることもある。岩井監督は、東北出身の若い漫画家たちにも言及し、次世代への希望を語った。さらに、ルイ・アームストロングの名曲「この素晴らしき世界」を引き合いに出し、自分たちがいなくなった100年後の未来が、少しでも良くなるようにしていくことの大切さを訴えた。
30年前の映画が、新たな映像技術によって次の世代へ手渡される。岩井監督の言葉は、映画を作り、残していく意味とも重なっていた。
では、映画は被災した人々を元気づけることができるのか。
最終日の11日に上映された行定監督の『GO』(2001)のティーチインでは、地震に見舞われた地域に暮らし、自身も病気を経験したという男性が、復興映画祭で同作を上映した意図を尋ねた。

行定監督が痛感した“元気づける”ことの難しさ
行定監督は、東日本大震災の際、阪本順治監督や李相日監督、西川美和監督らと被災地に映画を届けた経験を振り返った。しかし、人の死や困難を描く作品も多く、映画で直接的に人を元気づける難しさを痛感したという。
確かに、映画を見たからといって、すぐに元気になれるわけではない。それでも、登場人物の生き方に自分を重ね、勇気づけられることはある。
『GO』は、在日韓国人の高校生が、出自や周囲の偏見と向き合いながら成長する物語。窪塚洋介が演じた主人公・杉原の姿に、力をもらった人も少なくないだろう。
今回の上映は、高良の「『GO』をやればいいじゃないですか」という提案がきっかけだった。高良自身、若い頃に作品から力をもらい、自分の未来が切り拓かれたと感じたという。25年前の映画が一人の若者の背中を押し、その若者が俳優となって、故郷での上映を提案する。映画はこんな形でも人をつないでいく。
今回の映画祭では、作品の並べ方にも意味があった。『GO』に続いて上映されたのは、在日4世の孫明雅監督による『トロフィー』、日韓の若者の恋愛を描いた『3ミリの恋』。時代も作り手も異なるが、国籍やルーツ、他者との距離という問題でつながっている。
行定監督は、今回の映画祭のテーマを「振り返り、それが繰り返されていく」と説明した。『スワロウテイル』『贅沢な骨』『GO』といった旧作を振り返る一方、若い世代の新作へとつないでいく。
安田章大とのんが兄妹を演じた『平行と垂直』も、人と人がどのように理解し合い、支え合うかを描いた作品だった。のんは「思いを伝えることや思いをキャッチすることは、必ずしも言葉だけではない」と語った。
「バラバラに作られた作品を集めてみたら、ひとつの物語として繋がっていく」
行定監督のこの言葉が、映画祭全体を象徴しているように思う。映画祭とは、作品を集めて上映するだけではない。何を選び、どの順番で見せるかによって、新たな意味が生まれる。そこに映画祭ディレクターとしての行定監督の意思が感じられた。
熊本市内を歩くと、10年前の震災の傷跡はほとんど見当たらない。中心市街地には大勢の人が行き交い、飲食店もにぎわっている。街には活気がある。
しかし、復興のシンボルでもある熊本城は、今年7月の地震で再び被害を受けた。熊本市の計画では、宇土櫓や本丸御殿大広間の復旧は2032年度、城全体の完全復旧は2052年度を予定している。2016年の地震から実に36年。しかも、今年の地震で新たな被害が生じた。復興への道のりは、まだまだ長い。
映画には、壊れた建物を直すことも、失われた風景を取り戻すこともできない。だが、かつてそこにあった日常を記録し、困難に向き合う人々の姿を描き、未来の観客へと届けることはできる。
いつの日か、この映画祭の名前から「復興」という文字が消えることを願いたい。
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