21歳・市川染五郎が語る“高麗屋の血筋”「この上ない幸せ」 13歳の雪辱を期す“お家芸”『ハムレット』

歌舞伎俳優の市川染五郎が、ウィリアム・シェイクスピア作の『ハムレット』でストレートプレイ初出演にして、初主演を果たすことになった。デヴィッド・ルヴォー氏の演出により、5月に東京、6月に大阪、名古屋で上演される。悲劇の主人公・ハムレット役は、祖父・松本白鸚、父・松本幸四郎も演じており、歌舞伎の名門・高麗屋が3代に渡って大役を担うことなる。その挑戦を前に、21歳の本人に歌舞伎をはじめ、演劇に抱く熱い思いを聞いた。

演劇への思いを熱く語った市川染五郎【写真:増田美咲】
演劇への思いを熱く語った市川染五郎【写真:増田美咲】

演劇への熱い思い

 歌舞伎俳優の市川染五郎が、ウィリアム・シェイクスピア作の『ハムレット』でストレートプレイ初出演にして、初主演を果たすことになった。デヴィッド・ルヴォー氏の演出により、5月に東京、6月に大阪、名古屋で上演される。悲劇の主人公・ハムレット役は、祖父・松本白鸚、父・松本幸四郎も演じており、歌舞伎の名門・高麗屋が3代に渡って大役を担うことなる。その挑戦を前に、21歳の本人に歌舞伎をはじめ、演劇に抱く熱い思いを聞いた。(取材・文=Miki D’Angelo Yamashita)

 染五郎は2025年、1月の「新春浅草歌舞伎」に始まり、歌舞伎座の「四月大歌舞伎」で主演した新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち』(菊之助役)や、8月の『火の鳥』(ヤマヒコ役)など、話題作に次々と出演した。Prime Videoで世界独占配信のドラマ『人間標本』では、初の現代劇のドラマでメインキャストに名を連ねるなど、さまざまなジャンルの芝居に挑戦した。文字通り、疾走する日々だが、唯一の息抜きは「運転しながらセリフを覚えること」だという。

「もっと言えば、舞台に立っている時の方がホッとするとも言えるかもしれません。今年は1か月休みがあったのですが、何をしていいか分からず、毎日もんもんとしていました。久しぶりに舞台に立ったら、逆に解放感でいっぱいでした」

 それほど芝居にのめり込む染五郎は、歌舞伎俳優の中でもシェイクスピアになじみの深い家系に生まれた。シェイクスピア四大悲劇『ハムレット』は、祖父の白鸚が18歳の時にテレビドラマで主演し、当時の最年少記録を作った。この記録を破ったのが、14歳でこの難役に挑んだ父・幸四郎だ。そして、染五郎は「父の記録を破る」をテーマに、13歳の時に朗読劇でハムレットを演じた。当時は中学2年生。染五郎には苦い思い出にもなっていた。

「当時はシェイクスピア劇の哲学も理解できない。朗読形式もストレートプレイも初めてで勝手が分からない。思うようなハムレット像が創れず、悔しい思いをしたんです」

 例えば、ハムレットには、「To be, or not to be」という有名なセリフがある。最も有名な和訳は、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」だが、朗読劇の時は、坪内逍遥の訳では「世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢゃ」というものだった。

「その重要なセリフを解する糸口がまるで見えなかったんです。今回、あらためて取り組むにあたり、試行錯誤の末に初めて霧の中からうっすら見えてきたのが、『人間の存在の本質に対する深い洞察に悩んでいるのだ』ということでした」

 演じるにあたり、染五郎はハムレットの舞台となったデンマークのクロンボー城を訪れた。目に焼きつけたイメージが、今回の役作りにも役立っている。

「実際にハムレットが住んでいたわけではないのですが、モデルとなった場所や時代のリアルな空気を感じ取ってくることができたことは、大きな財産になっています。頭の中で思い描く物語の空気感を表現することで、『お客さまに臨場感ある舞台をお届けすることができるのではないか』と」

 高麗屋は、古くから国際的なバックグラウンドを持っている。初代白鸚が『勧進帳』を教えに米国に赴き、ブロードウェイで『ラ・マンチャの男』を見て、息子(二代目白鸚)をその舞台に立たせた。50年以上の歴史があり、染五郎は「ブロードウェイに立つことを考えるだけでも今はおこがましい」と言うが、高麗屋に生まれた宿命を背負うことに葛藤はない。

「歌舞伎をやるのが当たり前の環境だったので、『辞めたい』と思ったことは1度もないですね。もちろん、稽古が嫌で、いまだに逃げ出したい気持ちの時もありますが、大好きな歌舞伎の舞台に立てることが、この上ない幸せです。歌舞伎の家系だからといってレールがひかれているのではなく、『自分が進むべき道は自分で作れ』と最低限の材料だけポンと渡された。そんな心境ですね」

高麗屋であることを「幸せ」と語った市川染五郎【写真:増田美咲】
高麗屋であることを「幸せ」と語った市川染五郎【写真:増田美咲】

ぬいぐるみで芝居ごっご

 25年は、古典劇とは対極をなす作品の歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』で、劇団☆新感線の主宰・いのうえひでのり氏をはじめとする小劇場で演劇を突き詰めてきた演出家と仕事ができた。そのことも大きな収穫だったという。

「伝統的な歌舞伎の枠を超え、自身の芸の幅を広げることができたのではないかと思います。歌舞伎にはない『間(ま)』や、音響・照明を効果的に使った演出を学ぶことで、表現の引き出しが増えました」

 さらには、ニューヨークを訪れ、ブロードウェイミュージカルを観劇、衝撃を受けた。特に『ムーラン・ルージュ』を見た後は、「これがエンターテインメントの力なのか」と芝居のパワーに圧倒された。

「自分もエンターテインメントをお届けする立場にいるのだということを再認識するとともに、刺激を受けた経験でした。日本にも素晴らしいエンターテインメントがあり、歌舞伎もその一つですが、新しい世界に積極的に触れていくことも、演じる仕事をしていく上で必要な経験であると痛感しました」

 少年時代から芝居三昧の日々を過ごしてきた。3歳の時に祖母からプレゼントされた犬のぬいぐるみ「ボン吉」を役者に、自ら書いた台本で芝居ごっこをして遊んでいた。脚本も衣装も小道具も自分で作り、カメラの三脚を利用した「セリ上がり」まで行う本格的創作劇だ。

「先輩の舞台を見て帰ってきてそれをまねすることは、歌舞伎役者の子供が誰もが通る道だと思うのですが、僕は、ハマると突き詰めるタイプなので、どんどん規模を大きくしたくなって……『ぬいぐるみだったら、いくらでも出演者を増やせるし、宙乗りもさせられる』と、ぬいぐるみ劇団に夢中になっていました」

 そうした幼少期から培われたクリエイティブな思考は、経験を積むたびにあらたな試みへの渇望へと広がる。例えば、『世阿弥』など祖父の白鸚が演じたストレートプレイを音楽劇に作り変えたいという願望がある。

「頭の中にはたくさんアイデアが渦巻いているので、早く形にしたいです。前例のない演劇のジャンルを創造していきたいという気持ちが強いですね」

 若くしてあらゆるジャンルの芝居に精通し、役者としてはすでに百戦錬磨。染五郎の膨大な知識とあふれる野心が、新時代の舞台芸術の扉を開かせることだろう。

□八代目・市川染五郎(いちかわ・そめごろう)  2005年3月27日、東京都生まれ。07年に初お目見得。09年、四代目・松本金太郎として初舞台を踏む。18年に八代目・市川染五郎を襲名。祖父は二代目・松本白鸚。父は十代目・松本幸四郎。おばは俳優・松本紀保、俳優・松たか子。

<舞台『ハムレット』>

主な出演者:市川染五郎、當真あみ、石川凌雅、横山賀三、梶原善、柚香光、石黒賢
5月9日~30日:東京・日生劇場
6月5日~14日:大阪・SkyシアターMBS
6月20日、21日:愛知・名古屋文理大文化フォーラム(稲沢市民会館)大ホール

スタイリング:中西ナオ
ヘアメイク:川又由紀(HAPP’S.)

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