MBS新人・上田芹莉アナ、慶応大時代は高級住宅街で一人暮らし 家賃は親持ち「骨の髄まですねをかじる」

MBS新人の上田芹莉アナウンサー(23)が11日、友近のパートナーとしてレギュラーを務める同局ラジオ『友近のおかえりなさい』(水曜午後6時)に出演。昨春卒業した慶応大時代の住居は東京・中目黒だったと明かした。

MBS【写真:ENCOUNT編集部】
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MBSラジオ『友近のおかえりなさい』

 MBS新人の上田芹莉アナウンサー(23)が11日、友近のパートナーとしてレギュラーを務める同局ラジオ『友近のおかえりなさい』(水曜午後6時)に出演。昨春卒業した慶応大時代の住居は東京・中目黒だったと明かした。

 兵庫出身の上田アナが東京生活を振り返った。昨年11月から共演する友近から「東京に4年間住んでるときの話、私ってそんなに詳しく聞いてないよね」と言われ、「あんまりしてないと思います」と返した。友近が「どういう界隈に住んでた?」と聞くと、上田アナは「私は中目黒に住んでたんですよ」と公表。友近は「わっ、すごいね」と声を上げ「大学生が?」と聞き直した。

 上田アナは「東京に憧れて出て来たんで、東京っぽいところにどうしても住みたかった」と明かすと、友近は「“ザ・現代の東京”に憧れた大学生やったんやね」と話した。上田アナは「場所、土地を一番大事にして、部屋は狭~いワンルームだったんですけど。いくつか内見したときに、ほかにもいろんな場所があったんですよ。あとは武蔵小山とかも見たのかな。でもやっぱり関西の人間からすると、武蔵小山っていう場所より中目黒の方が聞いたことあるし、キラキラしてるイメージがあって」と打ち明けると、友近は「芸能人も多いですよ」と反応。上田アナは「そこに住んでました」と続けた。

 大学1、2年時は日吉キャンパスだったため、近隣の神奈川・元住吉に1年間住み、残りの3年間は中目黒住まいだったという。友近が「中目黒に住んでたん。私、大体、家賃分かるけど、大学生があんな家賃払ってたの?」と尋ねると、上田アナは「親のすねを……、本当にすいません」と申し訳なさそうに告白。

 友近が「そら、目黒に住みよったらそうなるよね。学生のアルバイト代ではなかなかね」と理解すると、上田アナは「なかなか。だから、それ以外は何ももらわずに、家賃だけ出してもらって、あとは全部バイト代で全額(出しました)」と説明した。

 友近は「全額出してもらってたん?」と確認し、上田アナが「家賃は」と回答。友近が「ウッヒッヒッヒ」と笑いながらいじると、上田アナは「本当に……、ダメなんですよ。骨の髄まですねをかじるっていう」と泣きそうな声でざんげ。友近が「それは友達とかにも言うてたん? 『親に全部出してもらってんのよ』って。その当時」と聞くと、上田アナは「聞かれたら、って感じです」と返答。友近が「(友達は)ほな何て言うてたん?」と聞き、上田アナは「『へえ』って」と明かし、2人で笑った。

 上田アナは「おかげさまで楽しい学生生活というか、中目黒ライフを送れました」と親に感謝。友近が「友達もいっぱい来たりするわけ?」と聞くと、「何人か来ましたね」と返した。友近は「中目黒やったらみんな行きたくなるわね」と納得していた。

次のページへ (2/2) 【写真】親の援助を受けて高級住宅街で一人暮らしをしていたMBS新人アナ
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