男子選手から拒絶された「冬の時代」も…女子格闘技に広がる“ヤジのない熱狂” 世界唯一の団体に根付く独自文化

世界的なMMAブームの中で、女子選手だけの定期興行が成立している団体は、実は世界に一つしかない。米国でさえ活動休止に追い込まれる中、なぜ日本の「DEEP JEWELS」だけが生き残っているのか。かつては男子選手から「同じ大会に出たくない」と拒絶された冬の時代を経て、“箱推し文化”を築き上げたDEEP・佐伯繁代表に歴史と、現在の熱狂について話を聞いた。後編。

女子格闘技の歴史を明かした佐伯繁代表【写真:増田美咲】
女子格闘技の歴史を明かした佐伯繁代表【写真:増田美咲】

2000年代初頭には現在では考えられない光景「嫌われていたんだよね」

 世界的なMMAブームの中で、女子選手だけの定期興行が成立している団体は、実は世界に一つしかない。米国でさえ活動休止に追い込まれる中、なぜ日本の「DEEP JEWELS」だけが生き残っているのか。かつては男子選手から「同じ大会に出たくない」と拒絶された冬の時代を経て、“箱推し文化”を築き上げたDEEP・佐伯繁代表に歴史と、現在の熱狂について話を聞いた。後編。(取材・文=島田将斗)

 今でこそ国内最大の格闘技イベント「RIZIN」のリングで女子の試合が組まれ、熱狂を生むことは珍しくなくなった。しかし、「DEEP JEWELS」の“前身的”存在「スマックガール(SMACKGIRL)」は始まった2000年代初頭には今では信じられないような光景が広がっていた。

「当時の男子格闘家からすると、女子格闘技は嫌われていたんだよね」

 佐伯代表は女子格闘技の黎明期をそう回顧する。当時はまだ寝技での打撃(パウンド)が禁止されていた時代。「女子が格闘技をやる」ということ自体へのアレルギーは強く、男子選手の中には「女の子が出る大会には出たくない」と拒絶反応を示す者さえいたという。

 そんな逆風の中で、DEEPは2003年頃から男子大会の中に女子の試合を組み込み始めた。「スマックガール」と並行して、しなしさとこ、渡辺久江、辻結花、藤井惠といった“四大巨頭”が台頭。特に「渡辺久江対しなしさとこ」は佐伯代表の脳裏に焼き付いている。

「女子格史上、一番すごかった。今のRENA対伊澤星花よりもはるかに。本当に仲が悪くて、最後は衝撃的なKO決着だった」

 しかし、一つの時代を築いた「スマックガール」が消滅すると、女子格闘技界は混沌とした分裂の時代を迎える。

 スマックガールの権利が移る中で、佐伯代表のもとには「手伝ってほしい」という協力要請が届いた。時を同じくして、“元スマックガール”を中心とした別団体「VALKYRIE(ヴァルキリー)」も旗揚げ。「ジュエルス」と「ヴァルキリー」、日本の女子格闘技界に2つの団体が並び立った。

「DEEPをやっている僕が間に入ることで選手や関係者の信用を得て選手が集まってくれた。一方で『ヴァルキリー』も動いている。選手が分かれてしまっている状態だった」

 その後、ヴァルキリーが活動を停止し、ジュエルスに吸収される形で統合。そのジュエルスも運営が困難な状況に陥った際、「じゃあ俺が受け継いでやるね」と佐伯代表が引き取り、現在の「DEEP JEWELS」として再出発することになった。これが2013年のことだ。

 DEEP JEWELSの歴史は、そのまま日本女子格闘技の歴史でもある。現在、アトム級王者の大島沙緒里が「DEEP女子ミクロ級王者」と「DEEP JEWELSアトム級王者」の2つのベルトを保持していたり、階級や王座の認定が複雑化していたりするのは、女子格を巡る歴史の名残だ。

DEEP JEWELSに広がる空気「RIZINとは層が全然違う」

 歴史をつなぎ、実力で市民権を得たことで定着したかに見える女子格闘技だが、佐伯代表はシビアな現実を直視している。「男子選手からの拒絶」はなくなったが、“ネット上”では「冷ややかな視線」という新たな壁が存在している。

「『女子格はつまらない』と言われることはありますよ。男子に比べて迫力がない、KO率が低い。RIZINを見ているお客さんからすると、どうしてもそう見えてしまう」

 RIZINのような大規模な舞台では、女子格の中のトップオブトップの試合が組まれることが多い。しかし、そうでないカードが組まれた瞬間、厳しい目が向けられる。UFCのように「トップアスリートしかいない世界」とは異なり、発展途上の選手もリングに上がる日本の環境では、どうしても迫力不足が目についてしまうのだ。

 だが、本拠地である「DEEP JEWELS」の会場に足を踏み入れると、ネットの世界とは全く異なる景色が広がっている。立ち見席も超満員、女子格人気をうかがわせる。

「DEEP JEWELSに来るお客さんは、RIZINとは層が全然違う。ここは女子格闘技が好きな人しか来ないから、『頑張ったー!』っていう温かい空気になるんです」

 独特の応援文化が根付いている。観客のヤジはほとんど聞こえてくることはない。パスガードをするたび、パンチを当てるたびに歓声や拍手が上がる。また格闘技の興行では、目当ての選手が終われば席を立ち、ロビーに出てしまう観客も少なくないが、「DEEP JEWELS」の観客は最初から最後まで大会を見届ける、いわゆる“箱推し”のファンが多いのだ。

「うちはオープニングの入場式からエンディングまでを一つのパッケージにしているんです。たとえキャリアの浅いアマチュア選手であっても、ファンはその成長過程を支持して応援する。だから『いいカードだね』と盛り上がる。独自の文化ですよ」

 競技的な強さだけではなく成長や物語を応援するファンが育っている。一方で伊澤の言う「女子格を盛り上げたい」は困難な道のりであるとも指摘した。

「RIZINには迫力やKOを支持しているファンが見に行ってるんだもん。それを説得させるって相当難しいと思う。世界観、カテゴリーが違うんですよ。だからUFCでやっているのは“トップアスリート”なんですよ」

世界で唯一の女子格闘技団体を運営する佐伯繁代表【写真:増田美咲】
世界で唯一の女子格闘技団体を運営する佐伯繁代表【写真:増田美咲】

いつの間にか世界で唯一の女子格闘技団体に「成り立っているのはうちだけ」

 世界最高峰のUFCでさえ、女子の階級は限定的だ。女子格闘技だけに特化した興行は世界でどうなっているのか。佐伯代表の口から語られたのは、あまりにもシビアな現状だった。

 かつて米国には「Invicta FC(インヴィクタ)」という世界的な女子MMA団体が存在した。クリス・サイボーグをはじめ、UFCで活躍する多くのトップ選手を輩出してきた名門だ。日本からも浜崎朱加や魅津希が参戦し、DEEP JEWELSとも提携関係にあった。

「インヴィクタは女子格闘技のトップ団体で、DEEP JEWELSの王者も契約選手として送り込んできた。でも、トップアスリートを集めて世界配信をしても、集客となると苦戦していた。UFCの傘下に入ったり離れたり、会社が3回くらい買収されたりして……」

 トップ選手を集めれば客が呼べるわけではない。KOが少ない試合が続けば、コアなファン以外は興味を示さない。このジレンマは日本だけでなく、MMAの本場米国でも同じだった。

「世界を見渡しても、女子だけの大会を単発でやることはあっても、『定期的に』開催しているのはインヴィクタとDEEP JEWELSの2つしかなかったんです。世界にその2つだけ。でも、そのインヴィクタも買収されすぎて体力がなくなり、去年の夏前から休止した」

 佐伯代表は「つまり、世界中でこれだけMMAが普及しているのに、女子専門の定期興行が成り立っているのはうちだけなんですよ」と笑みをこぼした。

独自のファンが育ってきた「男子と違ってお客さんが途中で帰らない」

 選手層の薄さや外国人招へいのハードルの高さなど問題は山積みだが、このジャンルにまだ見ぬ「ポテンシャル」も感じている。

「何よりもすごいのは、男子の興行と違って、お客さんが途中で帰らないこと。最初から最後まで、一つの『作品』として見てくれている完成度がある」

 会場のグッズ売り場には数百人の長蛇の列ができ、販売が終わらないようなこともあったという。男子の試合とはまた違う、ファンが選手に感情移入し、さまざまなものをつぎ込む「熱」が確かに存在する。

「女子格の魅力は、やっぱり『一体感』かな。コアなファンにとってはプロもアマチュアも関係ない。5試合しかしていないアマチュア選手でも、そこに物語があればプロと同じように応援されるんです」

 競技的に強い選手、インフルエンス力がある選手、ビジュアルの目立つ選手、意外な経歴のある選手、有望株のアマチュア選手……キャラクターも粒ぞろいになってきた。「変わってくる段階だと思いますね」と自信をのぞかせた。

 世界で唯一の女子格闘技団体はUFCともRIZINとも違う。既存の格闘技のイメージを良い意味でも壊し、一人の人間の成長を見守る。そこに過激なあおりはない。競技としての強さだけを求めない、世界で唯一の空間が格闘技に新たな風を吹かせようとしている。

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