毎熊克哉が演じた“指名手配犯”の人物像 半世紀の逃亡、70歳で名乗り出た「桐島聡」の人生とは
俳優の毎熊克哉が、映画『「桐島です」』(7月4日公開、高橋伴明監督)で主演を務めた。1970年代の連続企業爆破事件で指名手配され、約50年にわたる逃亡生活を経て、2024年1月に70歳で亡くなった際に自ら「桐島です」と名乗り出た指名手配犯、桐島聡を演じた。実在の、しかも未解明の部分が多い人物にどう向き合ったのか。

監督から思わぬオファー「とてもリスクがある」
俳優の毎熊克哉が、映画『「桐島です」』(7月4日公開、高橋伴明監督)で主演を務めた。1970年代の連続企業爆破事件で指名手配され、約50年にわたる逃亡生活を経て、2024年1月に70歳で亡くなった際に自ら「桐島です」と名乗り出た指名手配犯、桐島聡を演じた。実在の、しかも未解明の部分が多い人物にどう向き合ったのか。(取材・文=平辻哲也)
『「桐島です」』は、1975年4月に東京・銀座の「韓国産業経済研究所」に爆弾を仕掛けたとして、全国に指名手配された桐島聡のナゾめいた逃亡生活を描く。『夜明けまでバス停で』(2022年)で第96回キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞、脚本賞を始め数々の映画賞を受賞した脚本家・梶原阿貴氏と高橋伴明監督のコンビが脚本化した。
24年1月26日に胃がんのために神奈川県内の病院に入院した「ウチダヒロシ」と名乗る男性が突如、「桐島です」と告白したことは大きなニュースになった。
毎熊は、主演のオファーを受けた当時の心境をこう振り返る。
「正直、驚きました。高橋伴明監督の作品に出演歴がある役者へのオファーならわかるのですが、まだ一度も現場でやり取りをしたことがない僕を起用するのはとてもリスクがある。というのも、桐島は“誰が演じるかで印象が全くかわってしまう”役だからです。『この役を僕に?』と本当に驚きましたし、同時に責任の重さも感じました」
指定手配ポスターで名を知っていた桐島聡。実在の人物を演じるにあたり、毎熊は資料も読み込んだ。
「どれだけ事件のことを調べても、ほとんど彼の名前は出てこないんです。思想も語られていません。でも、晩年に聴いていたブルースや、よく笑う写真……そうした断片から人物像を組み立てていきました」
特に写真からは、「こういうふうに笑う人なんだな」と自然に役へ入る手がかりを得たという。毎熊が印象に残っていたのはその「普通さ」だった。
「“重要指名手配”と書かれていても、見た目は大学生のような風貌。それが逆に気になっていました。事件の詳細を知らなかったからこそ、なおさら“どんな人だったんだろう”という思いが募ったんです」
劇中では、特徴的な黒縁メガネをかけて、風貌を寄せているが、顔は似ていない。身長も、桐島聡は約160センチと小柄なのに対し、毎熊は180センチと長身だ。
だが、共通点もあった。毎熊も桐島と同じ広島県の現在の福山市の出身。桐島聡が高校時代を過ごした尾道は、福山市と隣接しており、度々舞台あいさつで訪れる毎熊にとっても縁の深い場所だ。映画を志し上京してきた毎熊には、過激な世界にのめり込んでいく地方青年の心情が理解できたのだという。
「地方の海の町で育った青年が、まだ学生運動のなごりが残っている東京に出てきて、飲み込まれていく。その流れは、理解できる部分があります。たとえば桐島が映画サークルに出会っていたら、映画で訴えたかもしれません。音楽仲間だったら、音楽で社会と向き合ったかもしれません。“たまたま”の出会いの積み重ねが人生を左右する――それを、この役を通して強く感じました」

作品の“核”となるシーンで「一番気を遣った」
現場では高橋伴明監督の演出にも特徴があった。
「最初は“怖い方なのかな”と思っていましたが、実際にはほとんど指示がなく、信頼されて任されている実感がありました。細かい衣装のことなどには目を配っておられて、世界観を大切にされているのが伝わりました」
印象的な撮影シーンとして挙げたのは、物語終盤、桐島が住んでいた部屋での“何気ない日常”の描写。
「朝起きて、顔を洗って、窓を開けて、コーヒーを淹れる。説明もセリフもないシーンだけど、そこに人生の重みがある。だからこそ、一番気を遣ったシーンです。この作品の核だと思っています」
本作で毎熊が演じるのは、20歳から70歳で亡くなるまでの桐島聡。
「特殊メイクではなく、ヘアメイクで自然に年齢を重ねていくスタイルでした。70代に見えるかどうか不安もありましたが、仕上がりを見て“ちゃんと見えるな”と。今回は本当にヘアメイクに助けられました」
物語の終盤、彼は“桐島です”と名乗り、半世紀にわたる逃亡に幕を下ろす。あの瞬間をどう捉えたのか。
「『公安警察に勝った』『本名で死にたかった』などいろんな解釈があります。でも僕は、あのシーンは“理由がわからないまま”でいいと思っています。監督とも『明確な理由を提示しない方がいい』と話しました。きっと、“朦朧とした中で、ふと聞かれて自然に出た言葉”――それが『桐島です』だったのかもしれないし、あるいは仲間への申し訳なさ、償いの意味だったかもしれない。どう受け取るかは、見る人に委ねられていると思います」と毎熊。その演技には、見る者に「桐島聡という人間とは何だったのか?」を改めて問い直させる。
最後に毎熊に「人生において、逃げたかった瞬間は?」と聞くと、「20代の頃、現場スタッフとして入った映画の現場ですね。何日も寝る時間がなくて、とてもしんどかったんです。実際は逃げずにやり切りましたが」と笑って答えてくれた。
□毎熊克哉(まいぐま・かつや)1987年3月28日、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『いざなぎ暮れた。』『サイレント・トーキョー』(20)、『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』(25)等。公開待機作に『時には懺悔を』がある。
ヘアメイク:MARI(SPIELEN)
スタイリスト:カワサキ タカフミ
