ヒットメーカー堤幸彦監督、自身の作風「まだ見つかってない」 古希目前も貪欲に撮り続けるワケ
映画『STEP OUT にーにーのニライカナイ』(3月7日沖縄県先行公開、3月14日新宿ピカデリー他全国公開)で仲間由紀恵と10年ぶりの再タッグを組んだヒットメーカー、堤幸彦監督。昨年は3本、今年も3本の映画公開を控えている。69歳にして積極的に新作を送り出す理由とは?

映画『STEP OUT にーにーのニライカナイ』で仲間由紀恵と10年ぶりタッグ
映画『STEP OUT にーにーのニライカナイ』(3月7日沖縄県先行公開、3月14日新宿ピカデリー他全国公開)で仲間由紀恵と10年ぶりの再タッグを組んだヒットメーカー、堤幸彦監督。昨年は3本、今年も3本の映画公開を控えている。69歳にして積極的に新作を送り出す理由とは?(取材・文=平辻哲也)
本作は、音楽やダンスが生活に溶け込んでいる沖縄を舞台に、母と妹と3人で暮らす少年、照屋踊(Soul)がダンススクールで魅力的な少女リサ(伊波れいり)と出会い、ダンスオーディション出場を目指す青春ストーリー。堤監督は昨年、『SINGULA』(5月)、柳楽優弥主演の『夏目アラタの結婚』(9月)、のん主演『私にふさわしいホテル』(12月)が公開。今年も『STEP OUT』のほか、『Page30』(4月11日)、『THE KILLER GOLDFISH』(5月2日)の公開が控える。
「コロナ禍でなかなか作品が思うように届けられなかったこともあり、今は一気に吐き出すような気持ちもあります。ただ、年齢のことを考えると、多作であることが良いのかどうか、正直なところ分かりません。でも、自分の作風が何かと考えたときに、まだ見つかっていないんですよ。だから、あと10年くらいの賞味期限があるとしたら、その間に自分の中で『これが自分の映画だ』と思えるものを見つけたい。そのために毎日働いているという感じです」
これまで60本近い映画のメガホンを取ってきた。唐田えりか出演の『Page30』は崖っぷちの4人の女優たちの物語。『THE KILLER GOLDFISH』は人類史を発端とする壮大な復讐劇に超能力が絡んでいくSF。まったく異なるジャンルを手掛けている。
「『STEP OUT』のような親子ものもやりたかったし、『Page30』は演劇と女性の生き様がテーマ、『THE KILLER GOLDFISH』はロンドン国際ファンタスティック映画祭のオープニングにも招待され、クレイジーな作品になっています。映画を作る上で、『これを撮りたい』と思う衝動が重要だと思っています」
映画に限らず、ドラマ、ミュージックビデオ、演劇など多ジャンルにまたがり、数々のヒットを飛ばしている堤監督だが、まだ自身のスタイルが確立していないという思いがある。
「僕には表現者として確固たるものが何もないんです。もともと自主映画を撮っていたわけでもなく、演劇を学んでいたわけでもない。だから、何か特別なこだわりがあるわけではない」
昨年12月公開、のん主演の『私にふさわしいホテル』は権威主義の文壇の巨匠を相手に、不遇な女性新人作家があの手この手を仕掛けていくコメディー。近作の中でも特に面白く、「最高傑作の一つ」にも挙げられる作品だと思ったと告げると、「ありがとうございます。でも、思ったほど当たらなかった」と苦笑いを浮かべる。
堤監督自身は謙遜するが、記録的なヒット作『20世紀少年』シリーズ(2008~09年)、映画賞を受賞した『イニシエーション・ラブ』『天空の蜂』(15年)、『truth~姦しき弔いの果て~』(22年)もある。「ご自身の最高傑作は?」と聞くと、チャーリー・チャップリンの名言「最高傑作は次回作」を引用して、「次の作品です」と笑って見せる。
「よく言うことですが、本当にそう思っています。実際に代表作は何かと聞かれると、難しいんです。『20世紀少年』は大きな作品でしたが、原作があるので自分のオリジナルとは言えない。その点では、(南の島が突如、独立を宣言する)『さよならニッポン!』(1995年)などオリジナル作品にも挑戦してきましたが、大衆に広く届いたとは言えないんですよね」
今年11月には古希を迎えるが、「独創的で、観客を驚かせるような作品を作りたい」と意気込んでいる。
「これまで踏み出せなかった社会派の作品にも挑戦したいです。『私にふさわしいホテル』や沖縄問題を背景にした『STEP OUT』を撮って、ようやくその扉に近づけた気がしますが、伊丹十三さんや森田芳光さんのような攻めた映画に比べたら、まだまだ世間を驚かせるレベルには達していない。韓国映画では『タクシー運転手 約束は海を越えて』を始め、民主化を扱った社会的な作品がありますが、日本ではなかなか作られにくい。そういった社会の不条理を突いた映画はぜひ作りたいと思っています。すでにリサーチも進めていますし、テーマも決まっています」
最新作『STEP OUT』は少年が理想郷(ニライカナイ)を求めて、新天地へ飛び出すことを考える青春ストーリー。題名は外に飛び出すといった意味が込められている。監督が「人生で大きく踏み出した」瞬間は、何か。
「何度かそういう瞬間がありました。1989年にニューヨークに2年間住んでいたときは、右も左も分からないまま、英語も話せず、気がついたら2年経っていて、度胸がつきました。しかし、そのSTEP OUTが成功したかと言えば、そうではありません。その後、いくつかのヒット作に恵まれましたが、テレビドラマで高視聴率を取ることで自信はついたものの、どこか落ち着かない気持ちがありました。映画『20世紀少年』もヒットしましたが、原作があるので自分の作品としては居心地が悪い。その意味で、70代はもっと自分の作品として納得できるものを作りたい」と意気込んだ。
□堤幸彦(つつみ・ゆきひこ)1955年11月3日生まれ。愛知県出身。88年、森田芳光総監督のオムニバス映画『バカヤロー! 私、怒ってます』の「英語がなんだ」で映画監督デビュー。テレビドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ)、『TRICK』(テレビ朝日)シリーズ、『SPEC』(TBS)シリーズは映画化もされ、ドラマと映画それぞれでヒットさせた。2015年には『イニシエーション・ラブ』、『天空の蜂』で第40回記念報知映画賞・監督賞を受賞。その他の映画作品は『明日の記憶』(06年)、『20世紀少年 三部作』(08~09年)、『人魚の眠る家』(18年)、『ファーストラヴ』(21年)、『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』(21年)など。近年では『夏目アラタの結婚』『私にふさわしいホテル』(共に24年)。最新作はDREAMS COME TRUEの中村正人が製作総指揮を務めた『Page30』(4月11日公開)や『THE KILLER GOLDFISH』(5月2日公開)などがある。
