1日5回の食事…「松屋」の定食完食に50分、160cmの小兵・新井丈が挑んだ過酷な“食トレ”「最後に胃が壊れた」

身長160センチ、70キロ。これは格闘家・新井丈(26=和術慧舟會HEARTS)が約半年かけて手に入れた肉体の大きさだ。昨年の大みそかRIZINでの敗戦から約9か月がたち「RIZIN」に帰ってくる。再起戦の相手は自身より12センチも身長が上回る現EFC階級同時制覇王者(バンタム級、フライ級)のエンカジムーロ・ズールー(南ア)。休養期間、新井はどのようにしてフライ級で戦う体を作ってきたのか。

増量トレーニングについて語った新井丈【写真:ENCOUNT編集部】
増量トレーニングについて語った新井丈【写真:ENCOUNT編集部】

デビュー戦時にはストロー級の体重にも届かず…リュックを背負ったまま計量

 身長160センチ、70キロ。これは格闘家・新井丈(26=和術慧舟會HEARTS)が約半年かけて手に入れた肉体の大きさだ。昨年の大みそかRIZINでの敗戦から約9か月がたち「RIZIN」に帰ってくる。再起戦の相手は自身より12センチも身長が上回る現EFC階級同時制覇王者(バンタム級、フライ級)のエンカジムーロ・ズールー(南ア)。休養期間、新井はどのようにしてフライ級で戦う体を作ってきたのか。(取材・文=島田将斗)

 新井は修斗史上初の2階級(ストロー級、フライ級)同時王者の肩書きを持つが、キャリアの9割はストロー級で出場している。それでもフライ級は常に意識してきた階級だった。

「ストロー級っていうのが男子で一番軽い階級で、軽すぎてメジャーどころにない。RIZINにもUFCにもない。ONEだと日本人が渋滞している。いずれは階級をフライ級にあげて大舞台を目指していくのだろうな、というのは修斗時代からありました」

 現代のプロ格闘技ではギリギリまで体を作り、計量の前日に水抜きをして規定体重をクリアする流れが多い。そのため、選手はフラフラになりながら体重計に乗る。一方でデビュー戦時の新井は、ストロー級(52.2キロ)にも満たずで、私服を着たままリュックを背負って体重計に乗っていた。

「もう細くてプロでそんなやつはいないと思うんですけど……。体が徐々に大きくなってきたかなというところで修斗のフライ級タイトル戦もやって2階級制覇をしました」

 このときから「今の体だとフライ級は正直厳しい」の思いはあった。通常体重はリミット56.7キロからプラス2~3キロ程度。2階級制覇時はほぼ減量をしていない。

「得意な打撃に関しては階級が上の人間とスパーをしてもひるむことはないし、勝負はできていたんです。でもいざ組み技の展開になったときに背中を床に完全に押さえつけられると、ここは如実にフィジカル差が出る。そうすると、自分のスタイル的に良さが消えます。組まれてから盛り返せるのようなフィジカルにはそもそもの筋肉量が足りない状態でした。相手は減量してリカバリーをしてくるので、当日5キロくらいは差がありますよね」

 体を一から作ろう、そんなときに大舞台「RIZIN」からのオファーがあった。SNSでも盛り上がっていた“修斗同時2階級王者”の参戦。相手がヒロヤと聞いたとき、30秒だけ悩んだ。

「やっぱりフィジカル。(ヒロヤは)どちらかと言うと組みが強いタイプの選手なので。確か階級も上から落としてきている。自分は下から上げている。相性で言ったら少しやりづらいかなって思いました」

 それでも舞台は格闘家なら誰もが夢見る大みそか・さいたまスーパーアリーナ。「あの花道歩けるならやるしかねぇ」――。自分を信じて勝つつもりで向かったが「現実を見た」。

肉体改造のために頼ったのはボディービルダー

 昨年大みそかの敗戦後は休養を挟んだのち、約6か月間の体作りに時間を当てた。体を大きくするために力を借りたのはその道のプロであるボディービルダーだ。

「たくさんお金と時間を使っていろんな人に頼りました。経験値とボディービルに徹する競技愛、アンチドーピング。この3点で木澤大祐選手の元へ行きました。名古屋にいるので、そのジムの近くに2週間近く住み込みましたね」

 この2週間は格闘技の練習はしていない。名古屋で毎日専門家と1時間半から2時間、パーソナルトレーニング。あまりの強度にトレーニング後、半日で筋肉痛が襲ってくる。特に足は深刻で太ももに力が入らない。少しの段差でも膝が抜けてしまい倒れてしまう。歩くときは膝を一切曲げず、両足をするように引っ張っていた。

 痛みや恐怖と戦っている格闘家が「本当に地獄みたいな時間」と言うほどハードだった。東京に戻ってからはパリ五輪柔道金メダリスト・阿部一二三のフィジカルトレーナーを頼り、名古屋で学んだものと合わせて継続した。

「人間の限界値、自分のキャパシティーを知れました。ハーツ(MMA練習)に戻ってきてからも自分の標準が上がったと感じました。つらいなと感じる瞬間があっても『これはまだ限界じゃない』と知れたのでトレーニングキャンプ的にもこれが良かったです」

 ボディービルダーに触れて知ったすごみ、それは「1レップ(回)に込める魂」だ。

「自分と勝負する覚悟。1レップに対する気合いが本当にすごいなと。あの人たちって先週の自分と戦っているんですよね。あの人たちは○キロ×○回って毎回記録を取っているんですが、翌週は絶対キープかそれを超えないといけないんです。でも毎回限界なんですよ。120%を出した先週の自分と毎回勝負しなきゃいけないんです。そういう強さを学びましたね」

 栄養補給、食事も苦しかった。1回の食事の量は大盛りご飯1杯に鶏肉や豆腐、納豆、卵、魚などだが、大変なのはこれを1日5回、3時間おきに摂取しなければならなかったこと。一般人でも余裕で食べられるご飯、みそ汁、焼肉(焼き魚)で構成される「松屋」の定食もなかなか箸が進まず。完食するのに50分もかかってしまった。

「お腹が空いていないけど食べ続ける作業でした。そういう生活を半年ぐらい続けたので最後の最後に胃が壊れたんです。胃が酷使されて休む暇がなかったので逆流性食道炎になって。おにぎり1個食べただけで逆流してくる。胃薬で抑えたりもしました」

 こうして60キロだった体重は70キロまで増えた。「太れないやつは1回そういう期間を作んないとダメっすね」としみじみ。過酷な増量期であったが「体重が増えていくのは楽しくて。だから意外とMっ気になっていくんですよ(笑)」と楽しそうに振り返った。

 まだフライ級の体ではない。

「増えた筋肉量は500グラムから1キロかなって思っているんですよ。ボディービルダーが食事トレーニング、休養を完璧にこなして増える筋肉量が1年に約2キロと言われています。だから自分は現役生活中にフライ級パンパンの筋肉量を作れたらいいな、ぐらいの気持ちです。なので毎回試合後の休める期間にボディービルダーのようなトレーニング期間を過ごして、またMMAの練習をして試合に向かっていくっていうサイクルを組んでいくつもりです」

 ストロー級にはもう戻らない。「体重が減るとメンヘラになるんすよ(笑)。大切に大切に育てたやつら(筋肉)が削れちゃったら『マジ何のためだったの』って思うわけです。ボディービル脳になりますね」と笑いつつも覚悟を感じさせた。

 フライ級で課題となるフィジカル差は埋まりつつある。それと同じくらい大きな収穫となったのはボディービルダーの精神力。新たな「強さ」を手に入れた「RIZINの小兵」の躍進劇はこれから始まろうとしている。

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