『セクシー田中さん』小学館報告書が日本テレビを“論破”も…元テレ朝法務部長が指摘する「やり切れなさ」

小学館が3日、日本テレビ系連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家・芦原妃名子さんの訃報に関連して調査結果報告書を公開した。5月31日には、日本テレビによる報告書が公開されたが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「両者は問題の受け止め方が違っている」と指摘。その上で、結論部分に関しては「小学館が日本テレビを論破したと言える」と分析した。その理由とは。

日本テレビ【写真:ENCOUNT編集部】
日本テレビ【写真:ENCOUNT編集部】

西脇亨輔弁護士が解説「両者は問題の受け止め方が違っている」

 小学館が3日、日本テレビ系連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家・芦原妃名子さんの訃報に関連して調査結果報告書を公開した。5月31日には、日本テレビによる報告書が公開されたが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「両者は問題の受け止め方が違っている」と指摘。その上で、結論部分に関しては「小学館が日本テレビを論破したと言える」と分析した。その理由とは。

 日本テレビと小学館。両社の報告書はその出だしから違う。

 日本テレビの報告書には「セクシー田中さん」の原作者・芦原妃名子さんが亡くなったことについて「2024年1月29日に栃木県内で本件原作者の死亡が確認された」「一連の事実を厳粛に受け止め」と書かれているだけだ。

 これに対して小学館の報告書は次の文章から始まっている。

「漫画家の芦原妃名子先生がご逝去されたことについて、改めて、先生の多大な功績に敬意と感謝の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。また、ご遺族の方々にも深く哀悼の意を表します」

 なぜ、日本テレビは「この一言」を書けなかったのだろう。全ての議論は亡くなった方への思いから始まるべきなのではないのか。報告書で脚本家についてはその「尊厳」を強調しているに、原作者の「尊厳」には触れていない。私はこの冒頭部分に両社の「問題の受け止め方の違い」が、はっきり現れていると感じた。

 現実に小学館の報告書には、脚本家から批判と取れるSNS投稿をされた後の芦原さんの苦しみが記された。脚本家のSNS投稿に対し、小学館側は日本テレビに善処を求めた。しかし、進展はない。結果、芦原さんは「作画ができないほど悩む」ことになり、「本件脚本家の投稿に対してストレスを受け、原稿が書けない」状態に陥った。そして、芦原さんからのブログやSNS発信、削除、訃報へとつながっていく。

 このような悲劇に至るまでの、ドラマ化の条件を巡る交渉や原作改変の経緯について、小学館の報告書は日本テレビ報告書に一つひとつ反論するような内容になっているが、その詳細にはここでは立ち入らない。

 ただ、両社の報告書には法律的に見て、勝敗がはっきりしている点があると感じた。それは「結論」だ。

 日本テレビ報告書は「今後への提言」の冒頭で次のように宣言している。

「漫画や小説を原作とするドラマ制作にあたっては、原作と同じ設定や画角で、同じセリフを話せば成立するものではない」

 そして、小学館からの「原作者の意思が最優先事項」という指摘に対して、「改変について制作サイドの考えを丁寧に原作サイドに伝え、理解を得る必要がある」と結論付けた。つまり、日本テレビの結論は「ドラマは原作改変が当然」との考えが出発点にあり、その「当然の改変」について、原作者をどうやって上手く説得するかが問題だという流れになっている。

 だが、それは考え方が逆だ。

 著作権法では元の著作物=原作が第一に保護され、原作を利用した「二次的」な著作物は原作者の許しがあって初めて成立する。だから、ドラマという「二次的」な作品は、原作者という「一次的」な権利を持つ人の手のひらの上にしか存在しない。原作者が「ダメだ」と言ったら、ダメなのだ。「いや、それだとテレビドラマがうまく作れないんですよ」と言っても理屈になっていない。

 小学館側はこの点を主張した。その報告書の中にはある法律用語がたびたび登場している。

「同一性保持権」

西脇亨輔弁護士
西脇亨輔弁護士

結論部分で日本テレビを「論破」

 他人に勝手に原作を変えられない権利。それは作者の分身である作品が蹂躙(じゅうりん)されないためのもので、やむを得ない場合以外は勝手な改変は許されない。これは作者の人格を守る「著作者人格権」の中でも、最も大切な権利の一つだ。そして、小学館の報告書にはこう記されている。

「最後は同一性保持権の壁があるのであり、原作者の意見を尊重しなければならない。原作者の意向を反映しないドラマ制作者はその役割を果たしているとは残念ながら言えない」

 結局、そういうことなのだと思う。著作権法の根幹を示した小学館の見解に対して、日本テレビ側の主張に法律上の根拠を見つけるのは難しかった。今回の小学館の報告書は、日本テレビの報告書を結論部分では「論破」したと言えるのではないか。

 でも、それでいいのだろうか。

 この事件ではかけがえのない生命が失われている。芦原さんの思いに少しでも寄り添い同じような悲劇を繰り返さないようにするために、必要なのは「冷静な事実の調査」だ。互いの立場を主張し合う論争ではない。

 今回の両社の報告も踏まえ、第三者の立場から静かに事実を確認していく取り組みは行われないのだろうか。このままだと残るのはやり切れなさだけなのではないかと感じている。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。

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