「なぜ、今、それを言うのか」…『セクシー田中さん』原作者の死去に伴う日テレのコメントに“違和感”

日本テレビ系で2023年10月期に放送された連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者・芦原妃名子(本名・松本律子)さんが29日、亡くなった。50歳だった。日本テレビは番組の公式サイトで弔意を示すコメントを発表。だが、テレビ朝日元法務部長の西脇亨輔弁護士は「今なぜ、そのコメントなのか」との見解を示した。

西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】
西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】

元テレ朝法務部長・西脇亨輔弁護士

 日本テレビ系で2023年10月期に放送された連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者・芦原妃名子(本名・松本律子)さんが29日、亡くなった。50歳だった。日本テレビは番組の公式サイトで弔意を示すコメントを発表。だが、テレビ朝日元法務部長の西脇亨輔弁護士は「今なぜ、そのコメントなのか」との見解を示した。

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 人の生命が失われた。それなのに日本テレビのコメントは、その叫びに向き合っていないのではないか。と、私は思う。

『セクシー田中さん』は日本テレビ系でドラマ化されたが、芦原さんは自身のXに原作漫画に忠実にドラマ化するという当初の約束が守られていなかったとする訴えなどを投稿した。賛否両論で大きな議論になっていたが、芦原さんは28日にこの投稿を削除、最後に「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい。」と書き込み、その翌日に亡くなった。

 この作品のドラマ化にあたって実際に何があったのか…。私はそれを知らない。芦原さんが亡くなられた原因について断定することもできない。ただ、この訃報を受けた日本テレビのコメントには、強い違和感を覚えた。「なぜ、今、それを言うのか」と。

 日本テレビが芦原さんへの弔意を伝えたのは、自社公式サイトのトップや、社としての公式コメントを伝える「プレスリリース」のページではなく、『セクシー田中さん』の番組サイトの中だった。そして、そこには以下のコメントが掲載された。

「芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。2023年10月期の日曜ドラマ『セクシー田中さん』につきまして日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております」

弔意を示すだけでなく、盛り込まれていた「主張」

 このコメントは弔意を示すだけでなく、その中に日本テレビの主張を盛り込んでいる。その内容は大まかに言うと、(1)映像化に際して原作者の芦原さんから意見をもらい、脚本の話し合いもした。(2)決定原稿には芦原さんの許諾ももらった。(3)芦原さんの許諾をもらうなどの作業は「原作代理人である小学館」を通じて行ったもので、日本テレビだけで遂行したものではない。というものだ。

 だが、今、その主張をする必要があったのだろうか。

 このコメントがどのような経緯で作成されたものかは知り得ないが、昨年11月までテレビ局の法務部長だった経験から、私は「弁護士が急にアドバイスを求められて、中途半端に参加した文章なのではないか」と思わざるを得なかった。今回の事態について、自社には落ち度がないこと、自社以外に他社も関与していたことを説明するコメントは、訴訟を抱えた会社がその対策として発表した文章のように感じられた。

 しかしながら、このコメントは訴状でも契約書でもない。クリエイターが自身の全てを注ぎ込んだ作品について、思いを訴えていた最中に起きた悲劇であり、ドラマ化した当事者が発言をする場だ。

 小説や漫画などの原作とテレビドラマとは、長さもメディアも違うので、どうしても同一にはならない。その中で原作者や脚本家など関係者の思いがぶつかりあい、各々のクリエイターが生身の人間として声を上げる場面もあるかもしれない。でも、そうした時に全てを調整して作品を無事に制作し、完成に導く責任は、テレビ局が負っている。テレビドラマの最後に「制作」としてクレジットされているのは、テレビ局なのだ。作品についての議論は決して他人事ではないはずだ。

 芦原さんが発信したXへの投稿で、作品の制作過程について議論が過熱していたのなら、クリエイター1人を丸腰で議論の矢面に放り出すのではなく、その時点で、制作者が議論を鎮静化させる説明やメッセージを発し、クリエイター個人を守るべきだったのではないか。そして、作品に尽くした人が生命を落としたことへのコメントは、血の通ったものであるべきだったのではないか。

 私には、芦原さんの心中を察する資格などない。しかし、燃え広がる議論に押しつぶされそうになりながら、芦原さんさんがこうした悲劇が繰り返されないことを強く願われていたとしたら、その願いに応えることができるのは、「法的責任」への予防線のようなコメントではないと感じる。

 翻案に関する芦原さんの指摘を真摯に受け止める姿勢を示すこと。更なる過熱を防ぐため、今後の冷静な議論を呼びかけること。作者の体と心からくみだされ、創られている作品を守り、一人ひとりのクリエイターを守ること。今、制作者が語るべきなのは、そうした決意だと思う。(テレビ朝日元法務部長、弁護士・西脇亨輔)

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。弁護士登録をし、社内問題解決などを担当。社外の刑事事件も担当し、詐欺罪、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反の事件で弁護した被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。

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