青木真也が考える「強さ」 グラップリング戦を断らなかった理由「納得いかない仕事をみんなやってる」
総合格闘家の青木真也は格闘技イベント「ONE FightNight 15」(10月7日、ABEMAでライブ配信)でONEフライ級サブミッショングラップリング世界王者マイキー・ムスメシ(米国)と無差別級サブミッショングラップリングマッチを行う。11か月ぶりの試合を前に“強さ”やグラップリング戦への率直な気持ちを聞いた。
10月7日に世界王者とグラップリング戦
総合格闘家の青木真也は格闘技イベント「ONE FightNight 15」(10月7日、ABEMAでライブ配信)でONEフライ級サブミッショングラップリング世界王者マイキー・ムスメシ(米国)と無差別級サブミッショングラップリングマッチを行う。11か月ぶりの試合を前に“強さ”やグラップリング戦への率直な気持ちを聞いた。(取材・文=島田将斗)
ファンが青木が望んだMMAではない。グラップリング戦について「恥ずかしい」とネガティブな言葉も並べるが、同時に「惨めではない」という。この一戦にどんな思いで臨むのか。
オファーを受ける上での葛藤はあった。「MMAの選手なのにで、MMAの試合がない。要約すると必要とされていないってことだから、寂しいというか残念だなって。MMAファイターとしてやっているのにMMAの仕事が来ないっていうのは、もうバカにされてる、軽く見られているってことですよね。そういう意味でダサいなという思いはありました」と視線を下にそらした。
青木は2022年MMAでは、秋山成勲とサイード・イザガクマエフにKO負け。グラップリングではケイド・ルオトロに判定負けを喫した。今回、ABEMAが付けたキャッチコピーは「40歳、窓際の意地」だ。
9月28日に行われた会見で「RIZIN.44」で勝利した同年代の金原正徳戦への感想を求められると「金原が『青木が強い』って言ってたから強いと言われると……」と苦言。続けて「客もマスコミも格が落ちた」と吐き捨てた。
この「格(質)が落ちた」と特に感じたのはプロボクシングの興行で那須川天心の父が試合終了後の息子・天心に向かって中指を立てたことへの世間の騒ぎ方だった。
「何か起こったことをどう解釈するかっていう余白を楽しめないのよ。ユーモアが通じないというか。文章でも日本人独特の言語表現が全く通じない。1から10まで説明しないといけないのは粋じゃない」
会見で「強さ」の問いに対し、ムッとしたのは、そもそもの「強さ」に対する考え方が違うからだ。これが今回、グラップリング戦をすると決めた理由につながっていた。
「強さって競技力じゃない。本来の強さって客を呼べるとか影響力があるとかプロモーターとの信頼関係っていうことだなと。これを絶妙に言語化したのは俺じゃなくて、スターダムのジュリアなんですよ。
女子プロレスラーのSareeeが『強さと闘い』って言うんですよ、それは誰かにネジを巻かれてて、ちょっと違う。ジュリアは『強さって何なの。客を呼べることだし全てをひっくるめて強さ』って言っていて、これは芯を食ってるなと」
その上で自身の見解をこう説明する。
「僕の考える強さって何かと言うと、立ち上がること、挑戦し続けること、それが強さだと思うんですよ。自分はどうやって生きていくのかって。『競い合い=強さ』という価値観になってしまっているから、ドーピングをするやつ、ズルをするやつがいる。
『強さって何だろう』、そういう問いがないですよね。それは格闘技だけじゃない。『良いものって何』って。いまはそれが売れるものになってるじゃん。とにかく売れればいい、見られればいいになってる」
そして最後に「競技力があることももちろん大事で、見られることも大事。ただ、それだけじゃないってことを肝に銘じておかないと痛い目にあうと思いますね」と鼻で笑った。
今回の一戦に関しては「青木さん、やめましょうよ」と止める者も周囲にいたという。それでも戦う理由は何なのか。
「みんな自分が思っている仕事が来ないんですよ。やりたい仕事が働いていると来ないんですよ。嫌な人のインタビューもしなきゃいけないし、数字取るための記事も書かないといけないですよね。それを『やらねーよ』っていうのもひとつの生き方としてある。
それを逆手にとって、納得いかない仕事をみんな(世間)やってるんだから、俺はそれをやる意味があるって思ったんですよ。勝ち負けもあるが、社会に有益である、みんなに通じることがあると俺は思った。だからやる」
青木真也が試合を怖い理由「僕はすがるものがない」
昨今の日本の格闘技界では米国との比較や拠点を移すファイターが増えてきている。20年業界で戦ってきている青木はどう見ているのか。
「これを言うとみんな怒るんだけど、米国憧れが絶対あるんだよ(笑)。堀口(恭司)さんですらマーケットは日本なわけじゃん。ぶっちゃけ試合をする国で練習をした方がいいと思うよ。もう俺は日本で事足りると思うし。結局、個人の取り組みだと思うんですよ」
さらに最近ではフィジカルトレーナーなどを選手が付けるのもひとつの“トレンド”になりつつある。日本で最も注目を集めている格闘技イベント「RIZIN」の会見でもそういった発信をする選手が増えてきているのも事実だ。「あれって何でだと思います?」と青木が目を光らせた。
「すがりたいんだよ。試合前に信仰するものが欲しいんですよ。本当によくできたシステムでファイトマネーの何%って払うんですよ。でも、俺が見る限り怪しい人多いですね(笑)。『1回のトレーニングで何円』ってやってると商売だから必要ないのにもっとトレーニングをさせてる可能性もあるよね。
もし本当にトレーナーが必要だったら選手側が主導権を握った方がいいと思うんだよね。だから俺は、怪しいと思ってつけてないです。きなくせぇなって。信仰心をみんな持ちすぎな気がしますね」
こう独自の見解を展開した上で「拝むものを持ちたい気持ちは分かるんだよな」と天を仰ぐ。青木の場合は全て理屈で考えている。しかしそこが「弱い」とうなずいた。
「なんで日本は弱くなった? 戦前は天皇陛下を拝んでいたわけ。いまは拝むものがないのよ。日本は八百万の神って言うくらいで宗教がない。だからすがるものがないんです。『外国人、強ぇな』って思うのは、みんな信仰するものを持ってるんですよ。各宗教を持っているんですよ。
格闘技って不確かなもの。必ず勝てるものじゃないじゃん。だからこそ怖いんですよ。不確定なときに『自分は絶対大丈夫だ』って思えるものがある人は強いんですよね。信仰がないと弱い気がしますね」
何にすがるのか。格闘生活20年を振り返ると「PRIDE」入りのきっかけだった加藤浩之氏の名前を出した。
「積み上げてきたものにすがるしかないですよね。僕はすがるものがないのがやっぱり怖い。すがるものがあるときは強いんです。僕のキャリアでもそうだった。『DREAM』のときの加藤さん。親分肌の人で。川尻(達也)も瞬間そうだっと思う。僕は袂を分かれたときに、『これはすがるものあった方が楽だったな』って思いました」
さらにこう続けた。
「世間でもめちゃくちゃパワハラするけど、強い人いるじゃないですか。そういうものがあった方が強い。今振り返ると、当時なんでそんなことをしてるの? っていうテンションのものありましたからね。信仰がある人は本当に強い。最近の格闘界には“教祖”的な人は少ないと思いますね」
「窓際」との見方をされるが「惨めではない」――。なにかどんよりとして活気のない世の中で“青木真也”が立ち上がる、挑戦する姿はスパイスになるに違いない。多くの人間が「自分事」として見ることができそうだ。