とにかく明るい安村、英国爆ウケで仕事量は「1.5倍」 海外で決まった唯一の仕事は「ラジオ」

2007年から続く英国のオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』(BGT)に“Tonikaku”として出場したお笑い芸人・とにかく明るい安村。活躍に現地の会場だけでなく日本も沸いた。その快挙は速報として発信されるほどで、決勝ネタ映像の再生回数は驚異の600万回超え(6月14日現在)を記録している。再ブレーク待ったなしの安村にBGTの裏話や復活劇について話を聞いた。

おなじみのネタが英語になりサインを書く時間も長くなったというとにかく明るい安村(Tonikaku)【写真:徳原隆元】
おなじみのネタが英語になりサインを書く時間も長くなったというとにかく明るい安村(Tonikaku)【写真:徳原隆元】

 2007年から続く英国のオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』(BGT)に“Tonikaku”として出場したお笑い芸人・とにかく明るい安村。活躍に現地の会場だけでなく日本も沸いた。その快挙は速報として発信されるほどで、決勝ネタ映像の再生回数は驚異の600万回超え(6月14日現在)を記録している。再ブレーク待ったなしの安村にBGTの裏話や復活劇について話を聞いた。(取材・文=島田将斗)

とにかく明るい安村にとってBGTは「芸人になって1番興奮した時間」だった【写真:徳原隆元】
とにかく明るい安村にとってBGTは「芸人になって1番興奮した時間」だった【写真:徳原隆元】

明かすBGTの裏側、表舞台で通訳なしのワケ「僕は大したこと言わない」

「芸人になって一番興奮した時間」。会場の観客が総立ちになった光景は一生忘れないほど、脳裏に焼き付いている。

 15年に「安心してください、はいてますよ」の“裸ネタ”で大ブレーク。その8年後に「Don’t worry I’m wearing」で異国の地で爆笑をかっさらった期間を振り返る。

「めっちゃ楽しかったですね。準決勝、決勝は10日間やってた。空いてる時間帯もあったので本当に楽しかったですね。ステージもお客さんの数、ノリもそうですけど、1番興奮しましたよね」

 4月に行われた1回戦。片言の英語で日本でおなじみのギャグ「安心してください、履いてますよ」をイギリス人の前で披露した。

「最初はなにも分からないまま、お客さんは見ていて、段々と理解していく感じでしたね。人生で1番ウケたと思ったんですよ」

 ネタ披露前は安村の説明に「ノーセンキュー」と言っていた審査員もいたが、ネタが終わるころには大歓声。準決勝へ駒を進め、そこでもスタンディングオベーションを受けた。

「準決勝はもうみんなが自分を知ってる状態で、『パンツ!』って言いたいみたいな空気が流れていました。すごい反応が良かったです。めちゃくちゃ盛り上がって、会場の周りとかでも写真を頼まれたりしました」

 準決勝を披露した日の夜にはワイルドカードでの決勝進出の連絡が。次の日にはVTR撮影が始まり、その次の日には決勝とタイトなスケジュールだったという。

「向こうは結構適当というか。こっちは『時間ない!』とか言ってるけど、向こうの人は慣れてるから『大丈夫、大丈夫!』みたいな。その場で考えましょうって、あまり日本だとないですよね」と懐かしそうにする。

吉本興業の中庭でポーズを決めるとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】
吉本興業の中庭でポーズを決めるとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】

「人生で一番ウケた」と思っていた以上の歓声だった決勝。安村は「1回戦、準決勝ってやったらそれよりも大盛り上がり。決勝が人生で1番ウケましたね」とわずかの期間で「人生で1番」が塗り替えられたと明かした。

 辛口審査員でもあるサイモン・コーウェルの笑顔も日本では話題に。安村は「辛口」と知らなかったといい、このことが逆に良かったと回顧する。

「サイモンさんのことは見たことあるし、知ってるんですけど、辛口審査員だとは知らなかったんです。他のゴットタレントを見たことなかったので、どういう審査をしているか知らなくて、予選でネタをやってサイモンさんも立ち上がって拍手をしてくれた。

 そしたらSNSとかで『あんなに笑ってるサイモン初めて見た』って言われて。全然ピンとこなかったんですよね。準決勝も僕のコメントをするとき、めちゃくちゃ笑いながらコメントをしてたので、すごいうれしかったです」

英語が分からなすぎた自分を思い出し思わず笑ってしまうとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】
英語が分からなすぎた自分を思い出し思わず笑ってしまうとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】

海外でのネタ披露に不安はゼロ

 そもそもなぜ出場したのか。

「吉本の海外に向けての活動のひとつという感じで出場が決まりました。コロナ前にアメリカのゴットタレントに行くという話があったんですよ。ネタも作って出したりしたんですけど、なくなって。コロナ明けにも話があったんですけど、またなくなって。それで今回の出場でした」

 これまで日本ではお笑い賞レースにも出場してきた。英国のオーディション番組との違いに言及した。

「日本だと他の出場者のことを気にすることが多いですけど、ゴットタレントはキッズダンサーとか歌手とかマジシャンとか、ジャンルが全部織り交ざっている感じだったのでライバルという気は全くなかったですね。僕はそのなかで“裸の日本人”。ちょっと特殊じゃないですか。そんな人いないので、誰かと競ってるというよりは1人でやっている感じでした。楽しかったですね」

 海を渡ってのネタ披露。言葉も通じない。しかし、不安は全く感じなかった。裸一貫で世界と戦う男はポジティブシンキングの塊だった。

「誰も僕のことを知らない状態でやるっていうのが2015年のテレビに出始めた感覚に近くて。言葉が通じないっていうのが良かったですね。どうせ通じないし、向こうがなにを言ってるか分からないし。ここで失敗してもなんのマイナスもないので、すごい気楽にやれましたね」

「マジでなにを言ってるか分からなかった」という言語の壁をどう乗り越えていたのか。楽観的な自分に思わず吹き出す。

「一応吉本の通訳さんはいたんですけど、大体言うこと決まってるじゃないですか。楽屋にいて、話かけられたら大体『水飲む?』とかじゃないですか。適当に『イエス!』って答えたら水持ってきてくれて、『あー水だったんだ』みたいな。なんとかいけましたよ(笑)」

 この片言が笑いを生んだと分析する。表に出る場面で通訳をつけなかった理由もそこにあった。

「片言で分かってないっていうのも面白いじゃないですか。こいつ全然分かってないじゃんみたいなのが、それはそれでおいしいなって思いましたね。通訳をつけて会話を成立させても、僕が大したことを言うわけでもないんでいいやって(笑)」

 ネタに関しては英語を使うことを極端に嫌った。安村の英語指導には吉本興業の海外事業部と外国人の落語家・桂三輝が付いたというが、ネタ中の言葉をとにかく短くすることをお願いした。

「覚えるのも大変じゃないですか。だから『僕はパンツを履いてるけど全裸に見えるポーズができます』って説明にしました。長くなればなるほど発音の問題も出てくるので……」

 イギリスネタを披露した理由は現地テレビ局からの提案だった。英国出身のF1ドライバーであるルイス・ハミルトンの“裸ポーズ”を披露したが、全く知らない。「そこは言いなりでやりました(笑)」と笑った。

 海外で大バズり。しかし意外にも海外からの仕事は増えていない。「理想は海外で仕事をしたいですよね。仕事があったらいいんですけど、ないんですよね。月に1回仕事で海外に行きたい。でも住もうとは思わないですね、怖いんでね。若かったら行ってましたけどね」と急におじさんになった。

 英国に挑んだ安村の増えた仕事はまさかの現地のラジオ番組だった。それでも「言葉も分からないし、見えないから裸のネタもできないから、なんとかノリでやろうかなと思ってます。そこからいっぱい仕事増えたらうれしいですけど」と明るかった。

 一方の日本では、仕事が増えつつある。BGT出演前の1.5倍ほどだといい、ブレークした「2015年の出始めたとき」のような忙しさだと明かした。当時は寝る暇もなく、精神的に病んだというが、今回のブレークは「ゆったり」とできていると穏やかだった。

自身の復活劇を振り返るとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】
自身の復活劇を振り返るとにかく明るい安村【写真:徳原隆元】

 過去には不倫報道もありどん底も経験している。自身の復活劇をどう感じているのか。

「『有吉の壁』(日本テレビ系)に出れていたのが1番大きいと思います。そこで結構みんな見てくれて、徐々に仕事が増えていった。他のテレビも出演できての今回だったので。今回はたまたま。狙ったやつでもないし、ネタも昔と変わらないので、すごい頑張りましたって感じはないですよね。運が良かった。波が激しくて、今後、落ちることがあるんじゃないかと怖いですよね(笑)」

 その上でどん底時代の自分を「偉い」と評価したいことがある。インスタグラムに投稿しているショート映像「吉本自宅劇場」だ。

「すごい地道にやってたんですよ。SNSで短い動画を毎日投稿してました。あれをやって本当に良かったな。でも、あのときしんどくはなかったんですよ。楽しくて、今日は何をやろうかなみたいな。あれを辞めてたら自分のなかでは終わってたなと思います。コツコツやってたのが偉い。めっちゃ偉いです」

「別人になった感じがしてめちゃくちゃうれしかった」という“Tonikaku”でいる時間。英国で定着したその名前には思い入れがある。デビュー当時のエピソードを明かした。

「2014年にとにかく明るい安村って名前を付けたときに、前説やつかみで名前のことを言わなくちゃいけなかった。お客さんは名前が長くて覚えづらい。そのときに『とにかくでもいいです、トニーでもいいです』って言ってたんです。僕的にも気に入ってる名前なので、なんでも登録するときにも『とにかく』って付けてたんです」

「それが本当に良かった」と安村はゆっくりとうなずいた。

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