TBS出水麻衣アナ、早大MBA取得で分かったテレビ局の未来 求められているのは「国境を越えていく姿勢」

TBSの出水麻衣アナウンサーが今春、早稲田大大学院経営管理研究科を修了し、経営学修士(MBA)を取得した。仕事との両立は「体力的にこたえた」というが、学び直しの貴重な時間を過ごせたことには「最高に楽しかった」と笑顔を見せた。同研究科の目標は「ビジネス社会において専門的能力と的確な判断力を備え、世界的視野で活躍できる高度専門職業人を育成すること」。では、出水アナは大学院でどのような“世界的視野”を獲得したのか。修士論文の研究テーマと合わせて聞いた。以下、インタビュー後編。

テレビ局の課題を語るTBSの出水麻衣アナウンサー【写真:荒川祐史】
テレビ局の課題を語るTBSの出水麻衣アナウンサー【写真:荒川祐史】

TBSは社員のチャレンジを応援 「自分が役に立てることが社内にたくさんある」とワクワク

 TBSの出水麻衣アナウンサーが今春、早稲田大大学院経営管理研究科を修了し、経営学修士(MBA)を取得した。仕事との両立は「体力的にこたえた」というが、学び直しの貴重な時間を過ごせたことには「最高に楽しかった」と笑顔を見せた。同研究科の目標は「ビジネス社会において専門的能力と的確な判断力を備え、世界的視野で活躍できる高度専門職業人を育成すること」。では、出水アナは大学院でどのような“世界的視野”を獲得したのか。修士論文の研究テーマと合わせて聞いた。以下、インタビュー後編。(取材・文=鄭孝俊)

――修士論文の研究テーマはどのようにして決めましたか。

「主査はマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、カーライルグループ日本共同代表などを歴任された平野正雄教授です。トップ実務家である先生に学費のみで壁打ち(※ビジネス用語=フィードバックを受けること)ができるのは、非常に贅沢な時間だったと思っています。そんな先生と相談して決めた研究テーマが、『日本の民間放送におけるインターネット動画配信戦略の考察~コンテンツの生涯価値最大化に向けた提言~』です」

――今、テレビ局が抱える喫緊(きっきん)の課題ですね。

「当初はアナウンサーの声にフォーカスした研究をしようかなと思っていました。既にAIアナウンサーが登場していますが、人工音声と人間の声の伝播力の違いに関心がありました。ただ、AIの技術はあっという間に更新され、過去のものはどんどん古くなっていきます。修論を書き始めて終わる頃にはきっと内容が古くなっているという考えもありました。先生に相談したところ、『アナウンサーも専門職で素晴らしいけど、放送業界の一員としてもう少し視座を高めて業界全体を見てもいいでのは』という指導をいただきました。当時の私はまさに専門職どっぷりで、テレビ放送などオンエア以外のコンテンツの活用方法や会社の動画配信戦略について恥ずかしながら疎かったのですが、よくよく考えると社内でヒアリングできるデータ提供者もいっぱいいるし、そういうリソースにリーチできる。そうした環境も整っていることが決め手となって、テーマをこちらに定めました」

――先行研究はどのくらいありますか。

「メディアエンターテインメントの第一人者であるKIT虎ノ門大学院教授の北谷賢司さんが書いた『エンタメの未来2031』(日経BP)や毎年刊行されている『NHKデータブック世界の放送』は大変役立ちました。あとはメディアに関する海外のウェブサイトを読み漁っていました」

――修論の執筆で苦労したことは何でしょう。

「一番大変だったのはタイムマネジメントです。夜6時50分から10時まで授業があり、授業後や週末にグループワークのため集まることがあって、仕事の合間に時間を捻出するのが難しかったです。普段、オンエアまでギリギリの時間にニュース原稿ができあがってきたりするので、心拍数が上がることには慣れているはずでしたが、ラスト半年くらいは修論のことで頭がいっぱいで、ずっとドキドキバクバクしていました。常に何かに追われているような感じでした。ただ、自分のスケジュールが空いたらこの30分で何ができるかということを瞬時に計算し、タスクに優先順位をつけるという訓練にはなりました。大学院で出会ったタスクを緊急度と重要度のマトリックスに当てはめるタイムマネジメント法も、役に立ちました」

――大学院進学について社内の反応はどうでしたか。

「早い段階から部長と直属の上司には相談していて、皆さん快く背中を押してくださいました。受けたい授業のために仕事を融通していただくこともありましたし、時にはピンチヒッターを立ててもらうこともありました。社員の挑戦を応援してくれる職場環境に恵まれたことには、感謝しかありません」

――修論執筆は順調に進みましたか。

「いえ、やはり行き詰まりました。執筆を始めるにあたって、調査対象の500人に対してテレビメディアをどれぐらい見ているのか、地上波やネットでどんなコンテンツを見ているのか。それらについて濃度を調べるアンケートを実施したのですが、得られたデータを分解し、分析を行い、どういう結論を導き出すのか、仮説を立て考察の切り口を見つけることが大変でした。これまではディレクターが作り上げてくれた台本や記者の取材内容をもとに言葉を紡いでいたので、0から1を生み出して議論を展開する論理的な思考や能力が、すっぽり抜け落ちていたような気がします。平野教授に何度もお力をお借りして何とか形になりました」

――具体的な分析方法を詳しく教えてください。

「アンケート分析に加えて回帰分析とクラスター分析を行いました。アンケート分析はそれぞれの年齢と性別、セグメントごとに10代、20代、30代、40代、50代と分類してそれぞれの人たちが今どういったコンテンツジャンル、例えばバラエティー、ニュースなどを地上波で見ているのか、あるいはインターネットで見ているのか、という結果をマッピングして、『年代や性別によってどのように視聴傾向が変わるのか』ということを調べました」

――修論で得られた知見はTBSの将来に役立ちそうですね。

「調査によって、世代と年齢によって主に使っているプラットフォームが違うという結果が出ました。動画配信サービスを提供しているプラットフォームが乱立し、テレビ局主体のものやSNS系、海外大手のNetflix、amazonプライム、さらにはYouTubeなどがあります。分析の結果、例えば、YouTubeとTikTokと、バラエティーのコンテンツの掛け合わせについて重回帰分析で有意な結果が出たので、『地上波で放送した番組をそれらのプラットフォームで好まれる短尺なコンテンツに再編集して配信していくことによって、今度はTVerや地上波に視聴者を還流させることができるのではないか』というような定量的なデータを基に提言できると思います。視聴者の属性、コンテンツジャンル、動画配信プラットフォームの組み合わせには動的な最適解があって、それを追求することによって民放コンテンツの価値最大化、ひいては民放の価値最大化が可能となるというのが、私の出した結論です」

MBAを取得した出水アナは、アナウンサーとしての今後にも意欲を示した【写真:荒川祐史】
MBAを取得した出水アナは、アナウンサーとしての今後にも意欲を示した【写真:荒川祐史】

――修論の成果を会社はどう見ているのでしょうか。

「大学院進学という挑戦は多くの同僚が評価してくれていて、勉強会や関係する会議などへ声をかけてもらえるようになりました。今まではアナウンサーとしてしゃべる仕事が中心でしたが、『自分が役に立てることが社内にまだまだたくさんあるのでは』とワクワクしています。TBSはチャレンジを応援してくれる土壌がありますしね」

――ところで、大学や大学院では海外の英語文献を原著で読むこともあります。それでも、日本の英語教育は思ったほどの成果を上げていません。どうすればいいでしょうか。

「私は父の仕事の都合でまだ耳が若いうちに現地で英語を学べたので、ラッキーだったと思います。偉そうには言えませんが、知っている単語を駆使してそれを一生懸命話せばくみ取って理解してくれようとする土壌は、どの国にもあると思います。海外に出ていったら日本人はマイノリティーですし、外国人です。英語圏の人もこちらがネイティブのように話すとは期待していないので、耳をきちんと傾けてくれますよ。日本の学生は受験などを通じて何千、何万という英単語を覚えているのに、文法に重きを置き過ぎているがために、『間違えたら恥ずかしい』という不安や羞恥心から言葉が出なくなっている。それはもったいないので、単語を羅列するだけでもいいので『伝えたい』という思いを大切に、とにかくアウトプットしてみるというポジティブな姿勢が大切だと思います」

――早大MBAの方針は「キャリアチェンジ」に役立つ教育のようですが、将来的にキャリアを変えていく気持ちはありますか。

「キャリアを変えようという気持ちは現時点ではありませんが、アナウンス業に加えて、今後は社内の他部署との懸け橋になれるように活動したいです。視聴者の方からの認知していただいている私たちアナウンサーだからこそ、会社の取り組みを広く発信したり、プロジェクトを推進する力になれたりする部分はあると思います。最近では、日本テレビの女性アナウンサーらが『Audire(アウディーレ)』という名のアパレルブランドを立ち上げています。彼女たちのビジネスの着想は目から鱗(うろこ)でした。視聴者の目に触れる機会が多い仕事だからこそ、商品開発やその後の市場展開に大いに役に立てることもあるのだと実感しました。アナウンサーが起点となって展開できる新規事業は他にもたくさんあると思います」

――最後にテレビ局というビジネスモデルについて、どう見ていますか。

「放送事業だけ見ても広告費がネット媒体に流出しているのは明らかで、コロナ禍で視聴習慣もずいぶん変わりました。テレビで地上波だけを見る人は減り、各家庭のテレビ画面やスマホなどのデジタルデバイスの画面をNetflixやYouTubeなど多くのプラットフォームと取り合う状況は、今後も止まらないと思います。TBSとしては本業の電波を用いた放送だけでなく、動画配信での視聴者獲得が喫緊の課題です。さらに、世の中が多種多様なコンテンツを求めている今だからこそ、『SASUKE』や『風雲たけし城』などTBSの番組フォーマットの海外メディアへの販売も、ますます促進していく必要があります。インターネットで世界中がつながっている中、テレビ局には積極的に国境を越えていく姿勢が求められていると思います」

□出水麻衣(でみず・まい)1984年2月11日、東京都生まれ。エンジニアの父親の仕事で小4の夏に渡米し、高2の夏までジョージア州で過ごす。帰国後、国際基督教大高を卒業し、上智大外国語学部英語学科に進学。2006年、TBSにアナウンサーとして入社。『筑紫哲也 NEWS23』のスポーツコーナー、『世界陸上』『オリンピック』のレポーターを務めた後、『王様のブランチ』『世界―ふしぎ発見!』『JNNフラッシュニュース』『報道1930』のほか、『ひるおび!』『ゴゴスマ~GO GO! Smile!~』内のニュースなどを担当。アシスタントを務めるラジオ番組『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』『コシノジュンコ MASACA』にレギュラー出演中

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