SKY-HI、1億円出資「THE FIRST」の裏にあった過去の経験「すべてのトラウマに感謝」
話題の7人組ボーイズグループ「BE:FIRST」の生みの親でもあるラッパーでソングライターのSKY-HIが、自身初のエッセイ「晴れるまで踊ろう」を上梓した。著書には、1億円超のポケットマネーを出資してまで彼らを見出した新しい形のオーディション「THE FIRST」について、その熱い思いや新しい才能に出会う喜びなどがストレートにつづられている。そんなプロデューサーとしての一面に焦点を当ててSKY-HIが大切にしていることを聞いた。
プロデューサーとしての原点を語る
話題の7人組ボーイズグループ「BE:FIRST」の生みの親でもあるラッパーでソングライターのSKY-HIが、自身初のエッセイ「晴れるまで踊ろう」を上梓した。著書には、1億円超のポケットマネーを出資してまで彼らを見出した新しい形のオーディション「THE FIRST」について、その熱い思いや新しい才能に出会う喜びなどがストレートにつづられている。そんなプロデューサーとしての一面に焦点を当ててSKY-HIが大切にしていることを聞いた。(取材・文=福嶋剛)
――昔からプロデューサー願望があったとお聞きしました。
「高校生の頃から自分の作品であれ、ほかの人の作品であれ、『これだ!』と思うものをクリエートして世の中に出していくことがやりたかったんです。どういうふうに出したら良いのかなってあれこれと考えるのが好きなんです」
――そんな発想の原点にご両親の影響はありましたか?
「それに直接つながるような両親からの影響というのはないかもしれません。ひょうきんな父と天然な母の元に生まれた明るいオタク気質な自分という感じで(笑)。今でも実家に帰ると両親は元気いっぱいで、そういうところは両親から受け継いでいますね。昔から部屋に閉じこもって何かに没頭するのが好きなタイプだったので、たぶん今につながる考え方というのは、あの頃に聴いた音楽の影響が大きいと思います。
子どもの頃に出会ったMr.Childrenの曲に衝撃を受けたり、ヒップホップアーティストの曲を通して彼らの哲学や生き方を学んで、自分の人生のいろんな場面で彼らの言葉が語りかけてくれたので、今につながる人格形成や物事の考え方にも大きな影響を受けました」
――少し前の話になりますが、2010年に「FLAOTIN’LAB」という実験的な企画を行っていましたよね。いろんなラッパーやシンガー、トラックメーカーと一緒に楽曲を作ってはYouTubeにアップしていくという当時は斬新だった試みでしたが、そのきっかけは自ら企画書を書いてヒップホップ専門メディアに提案したところから始まったんですよね?
「そうでした。人に夢を話すとワクワクするじゃないですか。ワクワクするとそれを実現させたくなりますよね。だから実現させるために頑張るっていうシンプルな話なんですけど、そういうのが昔から好きなんですよ」
――後に「FLAOTIN’LAB」から生まれたアルバムでロックやポップスの人たちとのユニークなコラボも実現させたり。それまでAAAのメンバーでラッパーの日高さんというイメージだったのが、そこでプロデューサー、クリエーターとしての一面が見えてガラッと印象が変わりました。
「結局自分は音楽が好きなんですよ。国とか年齢とかキャリアとか関係なく、毎日、聴いたことのない音楽に出会って『ヤバい! カッコいい!』っていう新鮮な喜びを音楽から感じていたいんです。それは今も昔も変わらない1番ワクワクする瞬間です」
――昨年の「THE FIRST」もあの頃と変わらない熱い思いで自らが信じるオーディションのあり方を自らの行動で実現させました。
「僕自身、番組企画のためだけにオーディションをやるのは1番良くないことだと思っていました。『THE FIRST』というのは、そういうものじゃない。もちろんやる以上はどこまでも盛り上がればいいと思いましたし、そのために頭をひねりましたけど、応募してくれた方々にリスペクトを欠くような、例えば番組として盛り上がるという理由だけで視聴者投票をさせたり、余計な演出を入れることだけは絶対にしたくなかったんです。
何かしら僕に思いを寄せてくれたり、人生を賭けてみようという真剣な気持ちで履歴書を送ってくれた人たちとの間に生まれた縁を大切にしたいというのが根っこにありました。結果として7人のグループを作ったんですが、それで終わりじゃない。そもそも『THE FIRST』というのは、受かるとか落ちるとかの世界じゃなくて、彼らの才能を信じて僕ができることで彼らの音楽的な成長を考えてあげることだったんです。
例えば合宿の期間は、本当に音楽だけに集中できる場所を提供して、『こういうプロセスでやっていけば絶対に1か月で成長する』っていうプログラムを考えてあげることが1番重要でした」