相川七瀬が語る3児の子育てに奮闘の20年 一緒にカラオケも「NiziUは普通に歌えますから(笑)」
1995年11月8日に「夢見る少女じゃいられない」で鮮烈なデビューを飾った相川七瀬。あれから26年、今も第一線で活躍しながら3児の母親として、また現役の大学生としてロックな生き方を貫いている。今年はデビュー25周年を記念したツアーを開催し、パワフルな歌で全国のファンを魅了した。12月にはママを元気にする音楽フェス「ママホリ2021」への出演も決定。そこで今回は25周年記念ライブや大学生活、そして3人の子どもの母親としての現在についてたっぷりと語ってもらった。
コロナ禍での25周年ツアーと大学生活
1995年11月8日に「夢見る少女じゃいられない」で鮮烈なデビューを飾った相川七瀬。あれから26年、今も第一線で活躍しながら3児の母親として、また現役の大学生としてロックな生き方を貫いている。今年はデビュー25周年を記念したツアーを開催し、パワフルな歌で全国のファンを魅了した。12月にはママを元気にする音楽フェス「ママホリ2021」への出演も決定。そこで今回は25周年記念ライブや大学生活、そして3人の子どもの母親としての現在についてたっぷりと語ってもらった。(インタビュー・文=福嶋剛)
今年はデビュー25周年ということで師匠の織田哲郎さんと一緒にアニバーサリーツアーを開催しました。最後は中野サンプラザであこがれの布袋寅泰さんとの初共演も果たし、この状況の中でたくさんのお客さんを前に節目を迎えることができて本当に感謝しています。
はじめは、お客さんが歓声を上げられないこの状況下でロックコンサートなんて成立するのだろうかと織田さんと話し合いました。私が20代だったら延期を決断したかもしれませんが、私自身も40代後半に差し掛かり、来年になって今と同じような体力、テンションでステージに上がれるかと考えたとき、「時間は待ってくれない。今やることに意味がある」って思ったんです。
実際にライブをやってみると、大きな拍手やみんなの表情がちゃんと歓声の代わりとなって伝わってくるんです。むしろ歓声よりも熱い思いでした。そう考えるとコロナ禍のライブってある意味、演奏者もお客さんも言葉にならない熱量をお互いに与え合う、めっちゃスペシャルな時間かもって。今までより会場が静かだったとしても「お客さんと一緒の空間にいるのにどこが寂しいの?」ってね。この瞬間をみんなで一緒に生きているという。それこそが、すごく大事なことなんだって気が付いたんです。
だから今「お金を出してでも欲しいものは何?」と聞かれたら即座に「時間」と答えます。時間が一番“はかなくて尊いもの”。絶対に戻ってこないから、いつも悔いがないようにと思っています。
昨年から通っている大学も今年2回生になりました。10代のころは、早く学校をやめて東京に出たいと思っていましたが、この年齢になって自分がやりたいことが見つかり、そのために必要な知識や経験を大学で学びたいと思ったんです。それで家族に「行きたいんだよね」と言ったら、みんなに「えー!?」って(笑)。子どもたちには「だいたいママは勉強できるの?」主人からも「別のやり方で学ぶ方法を考えてみたら?」と言われて。
大学生になってみると毎日が学びの宝庫。すべての授業が学びたかったことばかりで、私の栄養になっているし幸せな2年目ですね。もちろん歌手と母親と大学生の両立はハードですよ。課題やテストも大変ですし。でも私の場合、ステイホームの恩恵というか、当初は、学業優先で仕事をセーブしながらまだ小さい娘を見る時間も作っていくスケジュールを考えていたんですが、コロナ禍で授業がすべてオンラインに切り替わったことで、家のことをしながら空いている時間に授業を受けられるし、仕事から戻ってきたり、ツアーが終わったその日の夜でも授業を受けられるので本当に助かりました。
実際にやってみて学生の皆さんは本当にたくさんの課題をこなして、こんなにもたくさん勉強するんだって分かりましたね。そんな視点を持てたことも良かったですし、これから大学を目指す子どもたちにも実際の経験から話をしてあげられるので行って良かったなって思います。
受験勉強をしていたころから、子どもたちと一緒に大きな机で勉強をしていて、最近は私の資料が多すぎてだいぶスペースを取っちゃうから「もうちょっと片付けてくれ」って怒られます(笑)。そんな時間を共有しながら、勉強の必要性を感じてもらうことにつながれば良いなって。今学んでいることがきっと将来につながるんだよと、私が大学で学ぶ姿を見て感じてくれたら良いなって思っています。