中村雅俊、独占告白! 個人事務所からノースプロ所属へ、決断理由や妻への思い明かす
俳優で歌手の中村雅俊が2021年1月1日から芸能事務所ノースプロダクションに所属した。中村はENCOUNTの取材に応じ、これまでの個人事務所から同事務所に所属するに至った理由や2月1日に70歳という節目の年を迎えるにあたり、これまでの人生を振り返って感じたこと、同時に今後の生き方を語ってくれた。
夢は得意な英語を生かした芝居、30数年の経営者の肩の荷下ろして仕事拡大
俳優で歌手の中村雅俊が2021年1月1日から芸能事務所ノースプロダクションに所属した。中村はENCOUNTの取材に応じ、これまでの個人事務所から同事務所に所属するに至った理由や2月1日に70歳という節目の年を迎えるにあたり、これまでの人生を振り返って感じたこと、同時に今後の生き方を語ってくれた。
「2020年は、コロナ禍で予定していた仕事がことごとく無くなり、家にいることが非常に増えたので、柄にもなく人生を振り返りました。2月1日で70歳になります。思えば、ずいぶんやってきたなという実感とともに、これから先、どういう生き方をしようかなと自問自答みたいなことがあって。そういう中、個人事務所を自分が経営者という形でずっとやってきましたが、これを機会に経営者という肩の荷を下ろそうかなと思ったんです。70歳を機会に少し自由にやりたいことをやれるような環境に身を置きたいなと」
やりたいこととは何だろうか。
「新しいことというより、今までの延長というか。たとえば今までアメリカの映画に2本(『アメリカンパスタイム 俺たちの星条旗』『終戦のエンペラー』)に出て、全部英語で話す役でしたが、英語で演じることを、まだまだやれるという気持ちがあるんです。英語で芝居をする夢を持っています。映像も舞台もやってみたいですね」
歌手活動への思い「歌い続けるのは自分に課された任務」
今年は世界に羽ばたく姿を期待すると話すと「そういう感じでは。地味にというか」と謙遜した。歌手の顔も持つ中村。夢は得意な英語を駆使した仕事をするだけではない。
「1974年の『ふれあい』というデビュー曲以後、この45年間、休まずにコンサートツアーをやってきましたが、2020年はコロナ禍で全て中止になりました。ツアーはやり続けたいですね。子どもの頃に思っていた70歳は、よれよれのイメージでしたが、実際になってみると元気。まだまだやれるという気持ちの方が肉体より強い。できる限りやりたい。45年間ツアーを続け、2017年には公演1500回を達成しました。やっている時は100%歌手という意識が強いです。歌い続けるのは自分に課された任務と思っています」
所属した事務所にはどんなことを期待しているのか。
「今までドラマや歌番組を中心に出ていましたが、バラエティーやドキュメンタリーとか、いろんな勉強をさせてもらえたらと思っています。役者と歌手にこだわりはありつつも、いろんな所に首を突っ込む作業をしてみたい。好奇心いっぱいです」
2月1日に70歳。あらためてこれまでの人生を振り返ってもらった。
「生き方としては、あまりいろんなことをしてこなかったなと思っています。1974年のドラマ『われら青春!』で主演デビュー。そのドラマの挿入歌『ふれあい』で歌手デビューして、オリコンで10週間1位。いきなり1等賞を両方でもらいました。その時、こんな状態はずっとは続かないという意識がすごくあったんです。だから当時、ドラマは掛け持ちしない、仕事は増やさず今やっている仕事に集中し、1つ1つの仕事を大切にしようと思ってやってきました」